10回目のキスの仕方
 改札を出て少し経つと潮の香りが鼻をかすめた。海が近い証拠だ。

「潮の香り…。」
「海とか久しぶり。」
「私もです。」

 すぐに落ちる沈黙。夜風が美海と圭介の間を通り抜けていく。

「寒くない?」
「え、…あ、大丈夫です。」
「なら…いいんだけど。」
「はい。ありがとうございます。」

 やはり今日感じてしまう緊張はいつものと少し違う様な気がする。何がと問われれば正確に答えることはできないが、それでも何かが違う。
 海の方に向かって歩くと、明季らしい声が聞こえた。

「洋一買いすぎだから!この前一緒に買ったのに、なんであの時よりも増えてるわけ?」
「だって両手で花火やるって思ったらあの量じゃ足りないかなって思ったんだって。」
「言い訳するな!」
「…明季ちゃん、落ち着いて。」
「凄い量…。」
「おぉ浅井!松下さん!二人は一緒に来たの?」
「えっと…あの…はい…。」
「同じアパートだから。」

 圭介のように顔色一つ変えずにさらっと言えてしまえば、変な誤解を生むこともないのにそれはできない。今日の自分は自意識過剰にもほどがある。

「こんだけあるし、夏は始まったばっかだし、やろうぜ花火!」
「増やした分は洋一の奢りだから。」
「ありがとうございます。」

 そう言って洋一に深く礼をする圭介に明季も同調した。

「ありがとーございます!ほら美海も!」
「えっ、でもそんな…。」
「いーから!ここは男に払わせてあげるのがじょーしき!」
「…あの、じゃあ…ありがとうございます。」
「松下さんまでそっちかよー!俺が払います!」
「よしっ!早速始めよう。」

 それぞれが花火を一本持つ。洋一の花火に最初の火がついた。

「あ、あたしに火、ちょーだい。」
「おう。」

 圭介はじっとろうそくに花火の先端をあてる。火が花火に移ると眩しい閃光がほとばしった。

「結構きつい色だった…。」
「そうですね、眩しいです。」
「松下さん、火。」
「へ?」

 そう言って美海の花火の先端に、圭介の花火の火花があたる。今度は美海の花火に火がついた。

「美海のやつ、色キレイ!」
「明るいね、明季ちゃん。」
「うんっ!って洋一2本持ちとかずるいんだけど。」
「明季にも1本やる。」

 明るい火は絶え間なく夜の空気を照らす。時折見える圭介の表情がいつもよりも子どもっぽく見えて、美海は何故か少しだけ安心した。
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