10回目のキスの仕方
「これ、松下さんが好きだって言ってたやつだっけ?」
「あ、はい!そうです。」
「そっか。」

 そう言って圭介がしゃがんでろうそくから火を移す。火が移った花火ははじめのうちは静かに音を立てているが、突然音を大きく変え、火花はパッと花が開くように大きくなった。

「あー…なるほど。線香花火の火花がってこういう意味か。」
「はいっ!色もオレンジで明るいし大きいし、好きなんです。」
「…結構、好き、かも。」

 付け足すように言われた『俺も』という言葉。耳に妙に残る『好き』という言葉。そのどちらもが耳にこびりついて離れない。少し離れた位置で聞こえる明季と洋一の声と、火花の散る音だけを聞き取ればよいだけの耳が、圭介の声を聞き取った瞬間に上がる心拍数を今、どうにかして押さえたい。そうでもしないと、夏の暑さだけではない熱に焼かれてしまいそうなくらいに身体が熱くなってしまう。

「…私も、好きです。」
「え…?」
「もう少しで…なくなっちゃいますね、花火。最後まで、楽しみましょう。」
「…うん。」

 どうにかして誤魔化した。重ねた『好き』という言葉の意味には深入りはしない。『好き』の気持ちは邪魔になる。その気持ちは変わってはいない。揺らぐことはあっても。

「はーもう線香花火しか残ってないし!」
「いざ勝負!」
「負けたらジュース奢り?」
「いいよ!負けた二人がジュース!」
「…き、緊張します…。」
「女子二人が負けたらどうするの、越前。」
「勝負の世界ではそれも仕方のないことなのだ!」
「だいじょーぶよ浅井サン。あたしも美海も運は強いんだから。」
「んじゃせーので火つけるぞ。せーの。」

 4人の手が一斉にろうそくの周りに集まった。チリチリと線香花火の先端が焼けていくのを見つめる。パチパチっという音が聞こえ始めると、先端がゆっくりと大きくなって赤みを増す。

「くそっ…手が震える。あ…!」
「洋一ビリー!」
「…明季も道連れ。」
「あっ、ちょっとあんたねぇ…!」

 洋一が吹きかけた息で明季のも落ちてしまった。

「ほら、ジュース行くぞ。」
「ほら、じゃなーい!あんたのせいで…!」
「はい早くー。」
「ちょっと!」

 少し強引に洋一に腕を掴まれた明季は、半ば無理矢理立たされて自販機の方へと歩かされる。次第に二人の声が小さくなっていくのに気を奪われていると、美海の線香花火はもう落ちてしまっていた。
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