10回目のキスの仕方

君の言葉で聞かせて

* * *

 8月の第一土曜日。今日の勤務には玲菜と福島と美海が入っている。

「いらっしゃいませー!あ、圭ちゃん!」
「っ…。」

 全身に緊張が走ったのは美海だった。花火の日以降圭介と顔を合わせることはなかった。圭介の方はというと、美海から見れば至って普通に見える。

「店長!お客様を案内してきます。」
「あーもう、うざいから行って行って。美海ちゃん、レジ入ってくれる?」
「はい…。」

 玲菜は凄い、と美海はとても素直な気持ちで思っていた。自分にはあんな真似はできない。振られても好きでいるという選択を取ることもそうだが、そういったアプローチをすることもだ。今の自分は圭介の隣に立てない。

「んー?美海ちゃん、顔が死んでる。」
「だ、大丈夫ですっ!元気です!」
「そういうの、空元気って言うのよ?文学部なら知ってるでしょう、言葉の意味なんて。」
「……空元気に、見えますか?」
「原因は彼、かな?」

 福島の目線の先にいるのは圭介だった。美海は否定できない。

「美海ちゃん、嘘つけないね~。」
「…言わないでください。玲菜ちゃんまで傷つけます、私。」
「までってことはひとまず傷つけたんだ、彼を。」

 福島の言葉は真実だ。傷つけた、間違いなく。ただ、それを圭介は傷ついたように見せないでいてくれただけだ。

「…傷つけたくないのに、傷つけます。」
「傷つけたり、傷ついたりすることに臆病になると、余計に人をいらないもので傷つけるよ。これ、経験上。」

 福島の言葉は美海に重く響いた。臆病になるあまり、いらないもので傷つけてしまったのだろうか、圭介のことを。

「今日美海ちゃん、ラストまでだよね。」
「はい。」
「じゃあうちにおいで。私、明日は休みだから。美海ちゃんもでしょ?」
「そうですけど…。でもお邪魔じゃ…。」
「ううん。それに美海ちゃんの暗い顔、気になってたから。」

 バシッと一度強く、背中を叩かれる。

「一人で悩むのもいいけど、話すとすっきりもしたりするものよ。特に女は。」
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