レオニスの泪
気付いたかのように、鳴き出した弱々しい蝉の声。
「うーん、大変ってことはないけど…」
グリップを握る掌がじっとりと汗ばんだ。
「内容もいつもと変わらないからね。でも、暑いからちょっと大変かな。」
「ふーん、そっか。暑いからかぁ。」
慧が、考え込むような相槌を打った。
自転車は、保育所まで、あと数メートルの所にある横断歩道に差し掛かる。
「どうして?」
慧が突然、どうしてそんなことをこのタイミングで訊いて来たのか、わかり兼ねて、今度は私から、訊ねた。
蝉の種類も、関係なく、入り混じる虫の声。
最初よりも、元気を取り戻したのか、やや大きくなったように思える。
自転車置き場に停めるため、ブレーキを掛け、降りようとした直前になって。
「ママ、最近笑わなくなったから。」
慧が、沈んだ声で、返事をした。
「え?」
自転車から降りて、慧を振り返る。
「ママ、笑ってない。」
暑いのに、寒気がして。
どうやら完全に風邪化したのかなぁと、頭の片隅で思った。