レオニスの泪
「葉山さん?」
名前を呼ばれて、はっとした。
熱に浮かされて、要らない記憶まで引きずり出されてしまったらしい。
「あ、すいません…ちょっとぼうっとしてて…」
眩しさと眩暈からなんとか逃れようと、額を手で抑える。
「ごめん、体調悪いのに。答えはいつでも良いから…できるだけ早めが良いけど。」
木戸は気遣うように、かがんで私を覗き込んだ。
「…無理です。」
激しい頭痛と吐き気に襲われながら、それが風邪からなのか、目の前の男に対する嫌悪感からなのかわからないまま、答えた。
「え…?」
木戸の眉が、僅かに顰められる。
「ごめんなさい。奥さんがいる方とは、、、無理です。」
木戸は上司だ。
出来るだけやんわりと断りたかったが、何しろ頭が回らない。
「…そっか…」
脱力したように、木戸は肩をすくめてみせる。
「わかった。でも、葉山さんずっとシングルでいるつもり?」
余計なお世話だ、と思いつつ。
「今は、忙しくて、あんまり。。そういうの、考えてないんです。」
当たり障りのない、返答をする。
「ま、そうだよね。でも、女としての価値とか、もっと考えた方が良いと思うよ。」
期限、ってあるでしょ。
そう付け加えて、木戸は私を残して、中庭から去っていった。