レオニスの泪
「ねぇ、ママぁー。僕のお父さんって、どんな人ー?」
帰り道。
普段余り父親の事を訊かない慧が、自転車の風に髪を遊ばれながら問う。
「んー、そうね。優しい人よ。」
慧の中に、父親の記憶は一切残っていない。
自分の感情は挟みたくなかった。
慧が会いたいと思ったら、父親はひとりしかいない。
だから、悪口は言わない。
自分の中で決めたことだった。
もしも、慧が事実を受け入れられる年齢になって、離婚した理由を知りたがったなら、打ち明けることはあるかもしれない。
けどそれは、今じゃない。
真実は、幼い慧には酷過ぎる。
「お父さん、サッカー上手だった?」
「とっても上手だったよ。」
「僕にも教えてくれるかなぁ?」
今度の質問には、数秒間が空いた。
「そうだね…慧が言ったら、教えてくれるかもしれないね。」
父親は、慧に会いたいとすら、言ってはこないけれど。