レオニスの泪
「…事実無根です。どういう確証があってそんなことー」
「ーあの日」
反論する私の声とは違って、やけに穏やかな声で木戸は被せてくる。
「葉山さんに、振られた時。」
彼は組んでいた足を戻し、キィ、と椅子が小さく鳴いた。
「来た道を戻りかけたけど、やっぱり気になって途中で引き返したんだ。大分体調悪そうだったから。そしたらー」
言いながら、腕組みを解き、立ち上がる彼を前に、私は思わず僅かに後ずさった。
嫌な予感が、した。
「白衣の男と、抱き合ってた。」
皮の匂いのする、ピカピカの靴が、一歩ずつ近付いて、私と木戸との距離が縮まる。
「…誤解です」
「考えてないって言ってたのにね。」
「だから誤解です。あの時は、熱で倒れた私をたまたま通りがかったあの先生が助けて下さっただけで……」
そこまで言いかけた所で、木戸は遮るように右手を挙げて見せた。
もう良い、と言われたような気分だった。
「たまたま通りがかった医者が、見ず知らずの他人を抱きかかえて自分の車に乗せるって?」