レオニスの泪








その日の慧は、私が迎えに行ってもずっとぶすくれていた。



部屋の隅で、先生に何かを諭されながら、頬を膨らませて、首を振る。


目の端で私の姿を捕らえているだろうに、いつもみたいに飛びついては来ない。





「―お母さん、ちょっと…」




担任二人の内の一人が、そっと私を呼ぶ。

もう一人は、慧を説得中だ。




「―あの、慧どうかしたんですか?何かご迷惑でも―」



手招きされて付いて行った場所は、今の所誰も居ない、廊下の端。


脇に、小さな水道の蛇口が仲良く並んでいる。




「いえ、あの、迷惑とかじゃ全然ないんですが、いつも仲が良い子とトラブルになっちゃって…」



「まさか、怪我を!?」



「葉山さん、落ち着いてくださいね。違いますから、安心して下さい。実は心配なのは、慧君の方なんです。」




不安が、いつもより多く過(よ)ぎって、つい、声が大きくなってしまう。


それに気付いて口に手を当てた。



でも、落ち着かない。


自分を囲うように空いている手で、一方の肘を支えた。



「慧君、近頃変わった様子とかなかったですか?」


「変わった???」



記憶を探るが、特に思い当たることはない。




「実は、一週間くらい前にも、同じ子と同じ事で、喧嘩してたんです。」


「―え?」



驚きの言葉がぽろりと落ちた。


全然気付かなかった。
< 19 / 533 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop