レオニスの泪
その日の慧は、私が迎えに行ってもずっとぶすくれていた。
部屋の隅で、先生に何かを諭されながら、頬を膨らませて、首を振る。
目の端で私の姿を捕らえているだろうに、いつもみたいに飛びついては来ない。
「―お母さん、ちょっと…」
担任二人の内の一人が、そっと私を呼ぶ。
もう一人は、慧を説得中だ。
「―あの、慧どうかしたんですか?何かご迷惑でも―」
手招きされて付いて行った場所は、今の所誰も居ない、廊下の端。
脇に、小さな水道の蛇口が仲良く並んでいる。
「いえ、あの、迷惑とかじゃ全然ないんですが、いつも仲が良い子とトラブルになっちゃって…」
「まさか、怪我を!?」
「葉山さん、落ち着いてくださいね。違いますから、安心して下さい。実は心配なのは、慧君の方なんです。」
不安が、いつもより多く過(よ)ぎって、つい、声が大きくなってしまう。
それに気付いて口に手を当てた。
でも、落ち着かない。
自分を囲うように空いている手で、一方の肘を支えた。
「慧君、近頃変わった様子とかなかったですか?」
「変わった???」
記憶を探るが、特に思い当たることはない。
「実は、一週間くらい前にも、同じ子と同じ事で、喧嘩してたんです。」
「―え?」
驚きの言葉がぽろりと落ちた。
全然気付かなかった。