レオニスの泪
困惑するかもしれないとか、万が一怒るかもしれないとか、そういう予測を立てることもなく、するりと出て来てしまった質問だったけれど。
「…さっき、一個だけ、って言ったでしょう?」
それでも、神成の反応は、意に反するものだった。
「今晩は、もうおしまい。おやすみ、祈さん。さ、見てるから入って。」
そう言って、ゆるりと私に道を譲った。
「…はい」
答えを貰えなかったことに、納得出来たつもりはなかったけど、そうせざるを得なかった。
後ろ髪引かれる思いで、断ち切って、アパートの階段に足を掛ける。
玄関の前、鍵を開ける所まできて、漸く神成を振り返ると、彼はじゃあね、という風に、小さく頭を下げて、身を翻した。
「ー何、あれ…」
中に入った私は、ドアに背を預けて、ずるずるとその場にしゃがみこむ。
「あれじゃ、訊けない…」
胸が締め付けられるようなー
笑顔。
私の質問に、神成は、満面の笑みで返した。
今まで見たどの笑顔でもない。
どこか達観したかのように、静かで波風がない、それでいて、誰も入り込む隙のない。
入ってくるなと、強い線引きをされたように感じる程に。