レオニスの泪
「ねーぇーママー?」
薄暗くなった夕方。
買い物袋を前カゴに、慧を後ろに乗せて、自転車を走らせる。
いつもより、早いお迎えに、慧は予想より遥かに喜んだ。
「なーにー?」
風を切る音の中で、聞き取りやすいよう語尾を伸ばし、今日の夕飯のメニューを聞いてくるのかな、と予測する。
「さいきん、あの人と会ってないのー?」
「あの人ってー?」
「お医者さん」
危うく、急ブレーキを踏みかけたが、なんとか思いとどまって、ペダルを漕ぎ続けた。
「な…なんでー?」
慧の表情は見れないけれど、こっちの顔も見られなくて良かった。
「うーん…じゃぁ、ママ、具合は悪くないんだぁ。」
「ー?うん、ママ、風邪はすっかり治ったよ。」
「ふーん」
ー何だろう?
慧がどうして、そんな事を言い出したのか、分からないから、その後が続かない。
結局アパートに着くまで、慧は珍しく何かを考えているらしく、無言だった。