レオニスの泪
咄嗟に顔を背けるが、頬に木戸の唇が当たる。
「こっち、向いてよ。」
湿った息が、耳に入ってくる。
つつ、と首から肩、肩から腕へと指でなぞる。
「や、…だ…」
声が上手く出ない。
怖くて出ない。
自分を捕らえている木戸の力が強過ぎて、恐怖で、全身が強張って、力が何一つ入らない。
「向けよ。」
顎を掴まれ、正面を向かされ。
木戸が満足気に顔を近づけてくる。
ーダメ、かも。
そう思った時だった。
「あれ、開いてる。」
「おはようございまーす」
誰かー、恐らく金森の声と、もう一人のスタッフの声がした。
換気扇の回っていない調理場は静かで、小さな音もよく響く。
チッ、と木戸が舌を鳴らす。
が、直ぐに私を見て、不敵に微笑んだ。
「続きはまた、今度、ね。」
睨みつけることしか出来ない私から、身体を放しながら。
「ーそうそう、もし、息子…慧、君の事が大事なんだったら、あの医者とはもう会わないでね。」
木戸がそう言ったと同時に、背後のドアノブが回される音がした。