レオニスの泪
最上階にある707号室は、一番角の部屋だった。
「迷わなかった?」
エレベーターから降りて、廊下を歩いていると声が掛かり、見れば神成がポーチの門扉前で腕組をしてこちらを見ていた。
勿論白衣ではなく、かといって、プライベートで会うようないでたちでもない。かっちりとしたスーツだ。
ふわふわとした独特の雰囲気が、それによって払拭されて、いつもの無造作な髪も、撫で付けられている。
――別人みたい……
ドキ、なんてもんじゃない。
バク、の最大みたいな心音。
「……祈さん?」
神成から名前を呼ばれて、我に返る。
「――あっ、はいっ、すみません!えっと……今日から宜しくお願いしますっ!」
「ふっ」
カチコチからガチガチにレベルアップした私が頭を下げると、上から笑い声が降ってくる。
「そんなに、緊張しないで。大丈夫だから。次の仕事が見つかるまで、ね。リハビリだと思ってやってくれたらいいんだ。さ、説明するから中に入って。」
そうなのだ。
神成はハウスキーパーを、『次の仕事が見つかるまでの間の繋ぎの仕事』として、提案してくれたのだ。そうやって、私が妥協できるように、逃げ道を全て塞がず、残してくれた。
そして、今日が記念すべき(?)初出勤なのだ。
「……お邪魔します」
ポーチに入り、玄関のドアを開けてくれる神成の後に続き、中に入ると、一番最初に目に入ってきたのは、黒のスーツケース。