レオニスの泪
―っとに、良い先生だなぁ。
優しく言い聞かせる先生に反抗したくなる気持ちを、かさかさになった自分の掌に握り締める。
20代の手とは思えない程、豆だらけの掌だな、と可笑しくなった。
包丁を毎日握っているが故だ。
「―わかりました。」
小さく諦めの溜め息を吐く。
「先生がそこまで言うなら、試しに行ってみます。但しお願いがあるんです。」
「お願い?」
先生はほっとしたような顔を見せた後、直ぐに不思議そうに訊き返す。
「ベテランの先生にしてください。経験が豊富で落ち着いてて、間違っても新米とかじゃない、信頼できる腕の良い先生にして下さい。」
私は姿勢を正し、真剣に頼み込む。
先生は一瞬きょとんとして。
「勿論最初からそのつもりだよ。」
にこりと笑い掛けてくれる。
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
私はほっと安心し、頭を下げた。
脳裏に浮かぶベビーフェイス。
絶対に、あの男の患者には、なりたくない。
できるならもう二度と会いたくはないし、結局あの男の言う通り、精神科に通う羽目になった事も面白くない。
何があっても、知られたくない。
万が一知られることがあっても、無視できる距離は保っておきたい。