レオニスの泪
「放っておいてくれよ。」
角を曲がった所の廊下で、誰かが話しているのが聞こえる。
でも顔を見ることは出来ない。
出来ないが、今の声が、神成なのは分かる。
そして、今私達が出て行ってはいけない、という事も。
「――ママ?」
慧が呼ぶので、口に人差し指を当てて、静かにするように伝えた。
慧は不思議そうな顔をしつつも、頷く。
「放っておけるわけないだろ。やっと連れて来たと思ったら、なんで……」
この声は、ここのご主人の声だろうと思われる。人の好さそうな、少し高い声だ。
しかし、神成が最後まで言わせない。
「黙ってくれる。久世。」
私が聞いたことのない、冷たい、そして怖い声だった。
――いや、私に向けてはないけど……聞いたことあるような気がする。どこかで……
どこでだっけ、と考えながら、じっと耳を澄ます。
「黙らない。お前まだ過去に――朱李に囚われたままじゃないか。」
――アカリ……
先日見たばかりの指輪に掘られた名前の登場に、心臓がドキリとした。
「…………そんなことない。」
「そんなことあるだろ。今日連れて来た子、そっくりじゃないか。」
「違う。」
「違くない。朱李に似てる。」
――…………え
数秒前にドキリとした心臓は、今度はドク、と一度だけ鳴って、動きを止めたかと思う程。その位、全ての感覚が、私の中から消えた。