レオニスの泪
――落ち着け。びっくりしたけど、別に大したことじゃない。
冷静さを取り戻す為に、必死で言い聞かせて、どうにかこうにか余裕を作る。
「……慧はその病気の名前、どうして知ってるの?」
笑うことまではできなくとも、なんとか平静を装って訊き返すことができた。
慧は、一瞬ハッとした顔をして俯き――
「んっとねぇ……忘れちゃった。」
首を傾げてみせる。
「忘れちゃったの?」
「うんー」
違和感はあったものの、私はそんな慧を自転車の後ろに抱き上げて乗せる。
「鬱病っていうのはね、心の病気って言ったら分かる?」
「こころー?」
「そう、心よ。心はね、色んなことを考えたり、喜んだり、傷ついたり、怒ったり、悲しんだりする時に、とってもよく使う所だよね。」
「うんー、そうだねぇ。」
自転車のバランスを取りつつ、慧と視線を合わせた。
「慧の身体も、お熱が出たり、風邪にかかったり、怪我をしたりすると、いつもみたいに元気に動くことが難しくなるでしょ?」
「うん、なる。」
「それと同じで、心も病気になってしまうと、いつも通りに動くことができなくなってしまうの。」
「そうなんだ。」
「それが、鬱病っていう病気なんだとママは思ってるよ。目に見えないけど、心が大怪我しちゃってるの。」
「こわいねぇ。」
「そうだね。」
じゃ、行こうかと、話を終わらせて、自転車に跨る。
『精神科は暇な人が来る所じゃないよ。心についてしまった傷や罹ってしまった病を治す為に来るんだ。心は命に直結している。』
『君の心は血だらけなのに。』
波風立たず、いつの間にか穏やかになった心に、甦ってきたのは、神成に初めて出逢った時、言われた言葉だった。