レオニスの泪

アパートの窓から、僅かに灯りが見えた時、僕にとってはそれが希望の灯となった。

――大丈夫だ、祈さんは生きてる。

息子を置いて行く訳がないと知っていても、頭のどこかで彼女の無事を疑っていなくとも、僕は深くほっとした。

けれど、心の中はどうだろう。

彼女の心の中は、今、何が占めているだろう。

気になっても、時間帯が時間帯だ。

葉山祈の玄関の前まで、階段を上って行った所で、インターホンを鳴らせる筈もなく。

自分の浅はかさに嫌気が差して、ただ、そのまま帰ろうかと踵を返す。

だけど、雨が。

雨がぽたりと、畳んだ傘の先端から、コンクリの床に落ちて、染みを作ったから。

それが、彼女の泣き顔とリンクして、僕は鞄の中から、メモとペンを探した。

公園で僕と僕の悪意をぶつけた相手を目撃した葉山祈への、懺悔のような。
だけどそれが伝わらないように、分からないように。

【いつかの落とし物です。もう、一人で泣いていませんか?】

どうか、一人で泣かないで欲しい。

泣くなら僕の前で、泣いて欲しい。

一人だけで流した涙は、きっと辛いから。
誰かと一緒に共有した涙は次へと繋がるから。

だからどうか、僕の前で、泣いて欲しい。

僕を頼って欲しい。


隠してはいても、そんな思いが、きっと、溢れていた。


< 484 / 533 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop