レオニスの泪


「こんばんは、いらっしゃい。」

店の暖簾をくぐると、久世の奥さんが、いつものように、笑顔で出迎えてくれる。

「席、空いてますか?」
「神成さんの席ならいつでも空けてますよ。今日はお連れの方はいらっしゃらないのね。」
「僕は基本、一人ですから。」
「あら、お似合いだったのにねぇ。」
「そういうんじゃ、ないので。」

奥さんは、人の好さそうな笑みを浮かべたまま、話しながら、僕の定位置へと連れていく。

「でも、今迄で一番良い顔してましたよ。神成さん、彼女の事好きなんだなっててっきり思ってましたけど。」

奥さんはぽろりとそう言って、涼しい顔して部屋を出て行く。

ーー情けない。

先日、彼女とその息子をここに連れて来た時、僕は中々良い気分だった。
愛らしい慧君との会話も、焦る親としての彼女の、僕が知らない面を垣間見ることができて。

だから、途中で久世に電話で呼び出された時、久世の言いたい事は直ぐに分かって、冷水を浴びせられたみたいに、不愉快だった。


『朱李に似てる』
『朱李を追って彼女を選んだのだとしたら、お前は彼女を傷つけることになるぞ。』


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