レオニスの泪
「……俺はさ、朱李は狡いと思ってるんだ。」
僕を悲痛な面持ちで見つめながら、久世は静かにそう言った。
「狡い?」
どうして、と理由を問うと、久世は畳に落としていた視線を上げて、今度は和紙の照明を仰ぎ見る。
「朱李は、神成の事がずっと好きだった。星を追うみたいに、お前の事を追っかけてた。手に入れたら、今度は自分が手の届かない所に行って、結局永遠に神成は追いかけなきゃいけなくなった。」
言いながら、ふと僕を真正面から捉えた。
「なぁ、神成。お前さ、朱李に逢って、良かったと思ってるか?」
「久世……」
「朱李さえいなければ、朱李とさえ出逢ってなければ、お前の人生はこんな風に縛られることもなかったのに。そう、思わないか?」
――僕は、朱李に笑って居て欲しくて、精神科医になった。
その選択を、当時周囲の誰もが疑問視し、誰もが反対した。
どうして、精神科になるんだ、と。
「朱李の葬式の時、岩崎が俺に言ったんだ。『神成に、アカを逢わせた事、後悔してる』って。『あいつの人生を狂わせた』って。」
久世の口から聞いた、岩崎の言葉に、僕は驚かない。
「――そう、岩崎はずっとそれを気に病んでるみたいだね。」
僕は知ってるから。
岩崎が僕と疎遠になった理由は、それだと。
「だけど僕は、後悔してないよ。」
出汁の香りが、漂い、白熱灯の灯りが時折、チラと揺れる。
温かい風景の中で、僕から零れた言葉だけが、場違いな位、凛と響いた。
「朱李に出逢えて、僕は良かったと思ってる。」