レオニスの泪
帰宅時にマンションの向かいのアパートに目をやるが、電気は点いていない。
携帯にも連絡は来ていない。
エントランスを通る際、過るのは、葉山祈が会いに来た月曜日の夜。
結果として、長い夜となった日。
『抱きしめてもらえませんか』
ここで、そう言われて、狼狽えなかったといえば、嘘になる。
だけど、切羽詰まった様子の彼女に、やはり病のせいなのだと自分を納得させた。
――何か、あったに違いない。
慧くんのことで、何か問題が出てきたのかもしれない。
ここはじっくり話を聞かないと、診断できない。
家の中に招き入れるのは気が引けて、エントランスホールであれば、まだ直接的な寒さはしのげると考えた。
が。
歩き出した僕の背中に、軽い衝撃。
『祈さん……?』
『ごめんね、先生』
予期していなかった、言葉だった。
言葉のキャッチボールと言う位だ。
大抵、言葉のやりとりをする際、自分がこういえば、相手はこう返してくるだろう、そういう予測を立てている。
だが、今回の葉山祈の言葉は、僕の手をすっぽ抜けて、転がって行ってしまった。
急に軽くなった身体で、振り返ると、彼女はもうこちらに背を向けている所だ。