レオニスの泪



あの出来事から、神成とは連絡を取っていなかった。
そして、かかってくることも、なくなった。

私は近所に出来たスーパーの品出しと発注スタッフ、そしてレジも兼務している。掛け持ちでSOHOスタッフとして、パソコンの打ち込みも、やらせてもらっている。

家にあるのは古いパソコンだから、立ち上がりに時間が掛かるが、新しいのを買う余裕なんてないから、仕方ない。あるだけマシというものだ。

この二つの仕事で、どうにかこうにか、生計を立てていた。


「遅刻しちゃうーーー」


玄関に向かう際、自宅の鍵の横に置かれた、アイロンがしっかり充てられ、畳んでビニール袋に入れてあるハンカチが目に入る。

その更に傍には、キーホルダーのない鍵。

この二つは、いつでも返せるようにしてあるのだが、数か月経った今でも、渡しに行くことが出来ない。

返さなきゃとは思っている。
すごく思っているのだが。

出来ない。

こんなんでは、神成自らいつか取りにきてしまうだろう。

それだけは避けたい。


「いってきます……」


どんなに時間に追われていても、この二つを目にすると、どうしても止まってしまう、自分の動き。

それを振り払って、今日も出て行く。
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