レオニスの泪

「朱李が亡くなって、もう、10年位になるのかな。朱李の事を俺は深くは知らないけど、朱李は、輪の中に居るのに、時々、冷めた顔をする時があった。周りとは一線引いているみたいに。それなのにどうしてか神成の事だけは盲目的な程、信頼してて……」


独り言のように、回想するかのように、時に懐かしむように、朱李の事を話し終えた後、久世は首を振ってから額を抑えた。


「神成はそのせいで、弱音を吐くことも、涙を流すことも、出来なかった。朱李がそうであることを神成に求めてたから。俺も周りも、そう思ってるんです。現に、朱李の葬式の時すら、神成は涙を見せなかった。」

そこまで言って、久世がはっとしたように私を見た。


「すいません……泣かせるつもりでは……」
「――あ……」

言われて初めて気が付いた。

熱い滴が、ぽろぽろと頬を伝う。

神成の心の傷の意味を知り、今迄の彼の心の内奥を知り、無意識に出て来た涙。



――私は沢山、泣かせてもらったのに……

こんなに簡単に、泣けるようになったのに。


「……朱李と付き合うようになってから、精神科医になる事を選んだ時、神成は、周囲から大反対を受けました。あいつには、外科の方が向いてたし、評価も高かったから。何より、朱李は大きな物を抱え込んでいた。これは後から分かったことだけど……神成は朱李の為に進路を変えたんでしょう。でも、精神科医は本来患者とは距離を置かないといけないんです。医者である人間が患者を愛したら、医者は患者の抱えてる闇に食われてしまう。よく、家族の手術はしない、って言うでしょう?それと同じだと思ってもらえればいいかな。」

だけど、と久世は続ける。


「神成は、結局精神科医になった。共倒れはしなかったけど、一番救いたかった人を救えなかった。それが神成の心をずっと蝕んでる。」



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