【完】向こう側の白鳥。
バリンッ
何かの割れた音。
見れば、沢渡先輩が入れ直して来てくれた、紅茶の入ったカップが割れていた。
その音でやっと、私は正気を取り戻す。
「わ、私、帰ります!!」
唇を離して、勢いに任せて一ノ宮先輩の体を遠ざけた。
さっきまで香っていた先輩の香りが、一気に遠くなる。
「柚子!!」
家を出る際、沢渡先輩の声が聞こえた。
一ノ宮先輩の声は聞こえなかった。
自分の家は直ぐそこなのに、家とは真逆の道をひたすらに走った。
まだ陽は高い。
暑さの残る残暑の秋空の下。
涙を流すことには、もう慣れてしまった。