蝶は金魚と恋をする
一琉がどれだけの量を食べるのかとか知らないから、とりあえずおにぎりは多めに握ってしまう。
中身も昨日と大差ない。
梅と昆布に、サケフレークがあったからその3種。
卵焼きに豆腐とワカメの味噌汁を作りあげると、林檎を手にして切り始めた。
作り上げた物を一琉の待つ部屋に運びこむと、低いテーブルの上に並べていく。
ベッドに座り、携帯を眺めていた一琉が畳の上に座り直して運んだ物を眺め始めると。
ピタリと動いていた視線が止まって、一つの物に釘付けになる。
ああ、やっぱり。
一琉は初めて見るんだな。
クスクスと笑うと、一琉は視線の止まったそれを手にして色々な角度から眺めて歓喜に満ちた顔を向ける。
「凪っ、凪、これ、何?何でこんな形してるの?」
「やっぱ知らない?林檎うさぎ」
「初めて見た。可愛いね~、食べるの勿体無いなぁ…」
可愛いのは一琉の笑顔だと思う。
期待以上の反応に満足して小さくガッツポーズをテーブルの下でしてしまう。
「凪、食べてもいい?」
「うん、食べよう…」
2人で向かいあって手を合わせるとクスリと笑う。
「いただきます…」
声が揃って、再びくすぐったい気持ちに陥る。
悪くない。
それどころかやっぱり嬉しい。
一琉が楽しそうにおにぎりに手を伸ばした時だった。
かなり激しく玄関の扉が叩かれて、近所迷惑とさえ思ってしまう怒号が響いた。
「一琉!!!開けろこらぁっ!!」
ヤ、ヤクザが来た。
ってか、何でこの場所がわかったわけ?!
取り立てのような勢いで叫んでいる声は一琉の携帯から聞こえた声と同じで、一琉に反応を求めるのに一琉本人はしれっとおにぎりをかじっている。
「い、一琉?お客さんだよ?」
「凪、あれは空耳だよ。無視していいからご飯食べよ」
極上スマイルをかましてくる一琉だけど、かなりの勢いで叩かれている扉が気になって仕方ない。
ほっておいたら蹴破られそうでかなり恐い。
不安な視線を一琉に向けると、ようやく溜め息を漏らして立ち上がるとおにぎり片手に玄関に向かった。