蝶は金魚と恋をする




その瞬間にかなり鈍い音がして、ガタリと悪態をついた男が扉にぶつかって座り込んだ。


どうやら殴られたらしい男の前に一琉が立ちはだかっていて、かなりの怒りを孕んだ双眸を細め、殴り倒した男を見下ろした。



「何、……凪を泣かせてんだよゲス」


本気の殺気で男を牽制すると一琉は私のところに歩みよって優しく抱きしめてくる。



「ごめんね、凪。あの馬鹿がかなり失礼な事言って」


「い、一琉は…、いなくなっちゃうの?」


不安を口にすると、一琉は困った様に微笑んで首を横に振った。


「言ったでしょ?凪は恋人だし離れないって…」



優しく諭すように言葉を私に向けると、その唇が優しく私の唇に重なってきて啄ばんでいく。


一瞬、自分達だけでないという状況を忘れて、一琉のキスに安心して目を瞑ってしまった。



「……マジかよ…」


その言葉で正気に戻って、現実に引き戻されてしまう。


一琉は邪魔すんじゃねぇよ。的な視線を声の主に送っている。


「マジでお前が本気になってるのかよ?」


「だから、そう言ってんだろボケ」


「嘘だろ…、あ~…、もう、面倒な事にしやがって…」



せっかくの美形が勿体無い程の苦悩を浮かべると、ヤクザまがいの男は溜め息交じりに私を見つめた。


「いきなり来て、失礼しました。私は一琉のつきび…」


「俺の下僕の秋光(あきみつ)だよ」


そこまでその人が言いかけたタイミングで、一琉が遮るように言葉を告げた。


秋光と言われた人は僅かに顔をしかめて疑問の眼差しを一琉に向ける。


その表情が気になって、私も疑問の眼差しを一琉に向けると、一琉は可愛らしい笑顔で私を煙に巻くと再び唇を重ねて抱きしめてくる。


いやいや、さすがに今は私も冷静だから!


見てる!ヤク…、じゃない、下僕…でもなくて、秋光さん見てるから!!


焦って一琉の胸を押し返して抵抗すると、一琉が不満そうに眉根を寄せた。


「さっきは素直だったのに…。急につれないなんて酷いな凪。やっぱ、金魚すくいは難しいな…」


「何うまい事言ってんのよ。ってかね、欧米じゃあるまいしチュッチュッと所構わずキスするのやめてくれない?」


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