蝶は金魚と恋をする
軽く乱れた服や髪を直して時計を見ると、すでに10時を過ぎていた。
「あっ、本当にまずい!!掃除しなきゃなのに!」
「ん?ああ、セントー?行く?」
「ほら、一琉も行くなら急いでよ」
鞄を持ってパタパタと玄関に向かうと、一琉は欠伸をしながら立ち上がって私の後を追ってくる。
「あっ、秋光。頼まれてくれない?」
「んあ?面倒な事じゃなきゃ」
「叔父さんに会ってきてよ。一応、昨日軽くは話てあるしさ。
凪っ、セントーの名前って何?」
「えっ?華の湯…」
「だってさ。秋光、頼んだよ?」
一琉と秋光さんの表情が今までの雰囲気と違い、今は主従関係が見え隠れしている。
確かに、ご主人様と下僕。
さすがに秋光さんも反論はせず、無言で立ち上がると体を伸ばしてから玄関に向ってきた。
「あっ、あと俺の服や下着も調達してきて~。昼までに」
「あっ!?お前、昼までってどんだけ厳しいタイムリミットだよ!何しれっと難しい注文つけてんだ!?」
「ん?秋光なら出来るって信頼してるんだよ。俺の傍にいる中で一番優秀だしね」
「…っ…、乗せられろってことね…」
「秋光、大好きだよ~」
可愛いらしい微笑みで手を振る一琉に溜め息をつくと、秋光さんは私にチラリと視線を向ける。
「悪いな。……あいつをしばらく頼むわ凪ちゃん」
口元に微かな弧を描くと、秋光さんは静かに部屋を後にした。
「……なんか、秋光さんてお兄ちゃんみたいだね」
「ああ、そんな感じ?一応この中じゃあ最年長か」
「いくつなの?」
「28だったはず…」
しまった、28の人をさっき呼び捨てにしちゃったよ。
今更な年齢差を考えて、自分の常識外の行動言動に打ちひしがれていると後ろからグイッと腕を引かれ、振り返り様に唇を奪われた。
トンッと背中が扉に当たり、押し付けられる様に唇の遊びを繰り返される。
チュッと軽い音を立てながら離れた唇が、まだ近いその距離をお互いの呼吸で感じさせて。
みりみる熱くなる頬は多分かなりの赤みをさしていると自分でわかる。
「……秋光もいないし、キスならいいでしょ?」
「どんな理由よ……」
「凪とキスしたくて仕方なかったんだよ俺。それとも…、凪は俺とキスしたくなかった?」