蝶は金魚と恋をする
視線の先には紺色のジンベイに身を包み、頭にタオルを巻いて団扇片手に立っている年配の男がこちらを見ていた。
「お、お祖父ちゃん…」
「ほぉ…、お前が男を連れ込む日が来るとは……、恋人か?」
「凪の恋人の一琉で~す。はじめまして~」
ちょっ、勝手に身内に恋人を名乗るな!
軽い調子でにこやかに答えたソレに、お祖父ちゃんもニヤリと笑う。
「凪にもなぁ…。あ~、今日はいい酒飲めそうだ~」
「お、お祖父ちゃん、いち、一琉はっ…」
「恋人でしょ?」
咄嗟に否定しようとすると、念を押すような、脅すような響きで一琉の声が響く。
くっ…、ここでの否定は身の危険を感じる……。
「こ、恋人……かな……」
言い負かされた様に口にすると、お祖父ちゃんはゲラゲラ笑って一琉を見た。
「はっは、お前すげぇなぁ。俺の孫を口説き落としたか。こいつの花嫁姿は見れねぇと思ってたが」
「あはは、いつでもお見せしますよ~。何なら明日にでも」
「よっしゃ、いい!気にいった!酒飲むか?」
「ほ、本人を無視して話を進めないで~…」
ああ、一番一琉の存在を知られたく無かった人に知られてしまった。
何故か意気投合しそうな2人に溜め息をついて、ボイラー室を通って1人女湯の脱衣所に向うと。
濡れた服を脱いで持ってきていた下着や服に着替え始める。
隣では楽しげな2人の笑い声が響いているし、何だか1人置いてきぼりな気分だ。
ムスッとしながら番台に向うとガラリと扉が開いて。
暖簾をくぐって姿を現したのは見覚えのあるヤク…秋光さんだった。
「おう、凪ちゃん。ウチのバカボンはどこ行った?」
「一琉ならそっちの脱衣所でお祖父ちゃんと盛り上がってますけど」
「………また一琉に何かされたか?」
私の不機嫌さに気づいた秋光さんがニヤリと含み笑いをしながら私を見下ろした。
ああ、この人も恐ろしく妖艶で綺麗な人だと思う。
一琉と対峙していると格好良さがかなり半減されるのが気の毒なくらい。