蝶は金魚と恋をする
この男は何がしたいのか?
さっきから矛盾ばかりの会話のキャッチボールは変化球が多くて受け止められない。
手で口から零れたスポーツドリンクを拭うと、一琉をまっすぐに見て直球を投げてみる。
「ね、何が言いたいの?」
その質問に一琉は少し考えてから、にっこり笑って私に返した。
「しばらく俺を凪の恋人にしてよ」
恋人………。
無いな、うん、無い無い。
「無理。恋人とかいらないし」
「何で?女の子って恋愛ごっこ好きでしょ?」
「私は一般的な女の子に分類されないのよ」
「え~、凪可愛いのに」
また、聞きなれない言葉が聞こえてきた。
可愛いなんてここ数年耳にしていない。
だからそれが自分に向けられてもピンとこなくて、固まったまま馬鹿みたいに自分を指差すと、一琉は微笑みながら頷いた。
「可愛くないよ?」
「可愛いよ」
不意に私の肩より下位に位置する黒髪に指先を絡ませて遊ぶ一琉。
会って間もないのに可愛いとか言う意味合いは、中身は絶対含まれてないんだろうな。
なんて頭で考えている間にスルリと伸びた腕が私の体に巻きついた。
唐突な行為にただ固まってこの後の一琉の出方をうかがってしまう。
「凪、そんな長い間じゃないし。駄目?」
「……何で私なの?」
「ん~、おにぎり美味しかったし」
餌付けでかよ…。
ま、そんなもんか。と、自分の魅力不足に嘆くこともなく、一琉にされるがまま抱きしめられていたけれど。
「凪が寂しそうに見えたから」
この言葉には動揺した。
寂しそう?私が?
「寂しくないよ。寂しくないように特別は作ってないんだもん」
なんで、咄嗟の言い訳みたいにこんな言葉を言ってしまったんだろ。
そして激しく鳴る心臓の音も煩わしくて、心の動揺を何も知らないこの男に知られるのが激しく恐くて急いで体を離してみる。
一琉は驚いた顔をしたけどもすぐにニヒルな笑みを浮かべて、訳知り顔でクスリと笑った。
「じゃあ、俺の片思いでもいいや」
「……婚約者がいるくせに……」
「いるよ。だから、本気にはならないで」
「ならないから」
「でも、凪にだったら本気になれるかな?」
時計の針が22時を回った。