蝶は金魚と恋をする
急いで男湯の掃除をしていると、ガラリと扉が開いて美形の人が話しかけてくる。
「なかなか重労働だね?辛くないの?」
「慣れです。毎日やってたら当たり前になるっていうか」
「真面目な子だね。頑張りやさん」
「それしかないんですよ…」
ポツリと呟くと苦笑いを返した。
本当にそれしかなくて、毎日同じ日を繰り返していた。
つまらないとかいう感情も全て奥にしまって鍵をかけていた筈なのに。
一琉が全てを開放してきたからペースが乱れている。
不意にまた不安になる。
一琉は帰ってくるよね?
「………恋人はいるの?」
不意に振られた質問に視線をその人に移すと。
妖艶で意地の悪い笑みで見つめられる。
試す様な視線。
どこか……、誰かに似てると思った。
された質問に少し考えて、ゆっくり結論を出して口にした。
「………いる…みたいです。……私には勿体ないけど」
言い終わって自然と口の端があがった。
きっと僅かに顔も赤いはず。
「そっか……、君みたいな可愛い子が彼女で羨ましい」
照れてしまいそうな位の賛辞に視線を再び戻すと、危険とも言える妖艶さを消しさって、柔らかい微笑みが返された。
何だろう。
この人は……似てる?
誰に?
疑問が頭をしめるけど、いまいち答えが見つからず。
掃除用具を片付けると脱衣所に戻り番台に向かった。
「お待たせしました、どうぞ」
「いいね、広いお風呂を一人占め。…一緒に入る?」
さすがに引くくらいのセクハラに眉根を寄せればケラケラと笑うその人。
「ごめんね~。冗談だよ、奥さんにも怒られちゃうし」
あっ、結婚してるんだ。
何だかこの人が特定の誰かを大事にしているのは不思議だった。
いや、かなり失礼な思い込みだけども…。
番台にお金を置くと暖簾をくぐって中に消えていくその人を見送る。
ばさりと揺れた暖簾の風で、フワリと甘い香りが宙に舞い。
この甘い香り…、何だっけ?
馴染みがあるのにわからず悩んでしまった。
悩んでもわからない事は考えないにしよ。
結局諦めて近くにあった雑誌を手にして眺めだす。