蝶は金魚と恋をする
暇な時間程長いものは無い。
手元にあった雑誌も読み飽きた。
暇になると恐ろしい事に頻繁に思い出すのは一琉の事で、時計を見ては溜め息が出てしまう。
夕方の4時。
すぐに戻ると言ったくせに。
「嘘つき…」
小さく呟くとタイミングよくガラス戸がカラカラ音を立てて、心地良い風が流れこんでくる。
夏でも涼しい風が吹くのはこの銭湯の前が小さな堀になっているから。
間隔的に植えられた柳が風に揺られてサワサワ音を奏でて、夕方に近づき蝉から鈴虫や蟋蟀(こおろぎ)に鳴き声は変わっていた。
「おっ、今日は1人か?一琉は?」
「お祖父ちゃん…、一琉を気にいってるね」
「孫婿だからな」
「結婚してないし…」
すっかりその気のお祖父ちゃんはご機嫌に脱衣所に上がりこんでコーヒー牛乳に手をつける。
「それ、商品だからね」
「ケチくせぇな…」
舌打ちしながら番台にお金を置くお祖父ちゃんにちらりと疑問を口にする。
「………何で、一琉にお父さんとお母さんの事話したの?」
お祖父ちゃんはすっとぼけてコーヒー牛乳を飲み続けていて、それでも更に追求してしまう。
「………翔太の事も言ったんじゃない?」
「………悪いか?」
「認めた…」
「お前の傍にいるつもりなら絶対に消えるな。そう言っただけだ…」
ズキリと胸が痛む。
『俺は傍にいるよ……』
一琉の声と表情を思い出して、熱を持っていく体に驚く。
「一琉は、お前の傍にいる。そう約束したぜ?」
「そんなの……、口約束…」
「コレは…、酒で馬鹿騒ぎする前の会話だ」
瞬時に反応してお祖父ちゃんを見ると、ニヤリと笑って新聞を読み始めた。