蝶は金魚と恋をする
よくわからない押し問答を繰り返して、あっと言う間に1時間が過ぎていたんだ。
ぼんやりと時計を見つめてなんだか全てに疲れて面倒くさくなると、一琉を見直して溜め息をついた。
今更、一琉1人が私に関わる事で、私が変わるとは思えない。
「………好きにすれば?」
「好きにするっ」
何でもいいよ。みたいな感じに言い捨てたのに、何を勘違いしたのか一琉は勢いよく私に抱きついてくる。
「凪~、とりあえずキスしていい?」
「嫌…」
「そんなすっぱり切らなくても」
「初対面でキスとかないから本当」
「え~、しようよ」
「嫌…」
表情も変えずに淡々と切り返すと、一琉はつまらなそうに私を見つめる。
そんな顔されても……。
「ごっこなんでしょ?」
「俺は男で凪は女だもん。ごっこじゃ足りなくなるかもよ?」
結局、ヤりたいだけなのか。
少しは期待した非日常に溜め息をついて、一琉を引き離そうとするのに。
私に巻きつけた腕にさらなる力を入れてきた一琉。
不意に一琉の顔がかなりの至近距離に近づいて、フッとふざけてた表情が崩された。
妖艶とでも表現しようか。
「ねぇ、色々俺に教えてよ」
「何を?」
「凪の事…」
私の事って、何を語ればいいんだろうか?
むしろ私より謎だらけなのは一琉の方なのに。
語る事も事情も謎だらけの一琉にかれこれ1時間は翻弄されている。
しかし犯罪者と言う概念からは外れてきていて、今はどちらかと言うと変人が当てはまりそうだ。
だけど、なんだろう。
この、人を惹きつけるような一琉の視線に抗っても逃げきれないのは。
「私は…、何も教える事なんてないよ」
「何も?」
「何も…」
「ふぅん。ま、いいや。これから凪を見続けて判断するから」
妖艶から子供の笑みに姿を戻した一琉の表情に僅かな安堵を感じて胸をなでおろす。
少し気圧されていた状況にやはり緊張していたらしい。
顔が良い分危険性が高い一琉のスッと切り替わる凄艶さに、一瞬体が熱くなったのも本当だ。