蝶は金魚と恋をする
一琉が残っていたおにぎりを食べ切り、卵焼きも綺麗に完食すると満足そうに手を合わせた。
「ご馳走さまでした」
「お粗末様でした」
空いたお皿を重ねながら、それをキッチンの流しに置いた。
そんなタイミングで一琉が後ろからギュッと抱きしめて、私の頭に口付ける。
「新婚さんみたいじゃない?」
「一琉、邪魔」
「ね、凪~、シャワー貸して~」
「10分500円」
「えっ、お金取るの?」
「水道光熱費ってバカにならないんだよ一琉」
淡々と切り返すと、ふーん。と、言いながらズボンの後ろポケットから財布を取り出す一琉を見て、慌てて冗談だと告げようとすると。
あっ。と、小さな声をあげて一琉が財布の中身を見た。
「ごめん、凪。ドルしか今現金ないや…」
「ドル!?何でドル?!」
衝撃の返事に思わず中身を確認すると、確かにお札は存在するもののその全てがドル札だった。
唖然とする私に一琉はすまなそうにしょげていたけど、私の心の内では予想外の出来事に笑いがこみ上げてしまっている。
こ、堪えないと。
笑いそうな口元を押さえていたのに一琉は更なる追い打ちをかけてきた。
「小銭もセントしかないし…」
その瞬間に噴き出してしまった。
ケラケラと笑いだした私に一琉は呆気にとられ、何がそんなにウケたのか分からない。と言った表情を見せてくる。
「ご、ごめっ、だって、何でドル札よ?ワケありって亡命?あはははははは…」
ここまで笑ったのはかなり久しぶりな気がする。
涙目をこすっていると、一琉がようやく口を開いた。
「凪の笑った顔可愛いね。…驚いた、本気で好きになっちゃいそう」
「はっ?」
唐突な感想に見事笑いは止められたけれど、一琉の言葉に今度は固まった。
端整な顔をニッコリ可愛いらしい笑顔に変えると、一琉は私の顔を両手で包んで一瞬の隙に唇を重ねた。
チュッと音を立てすぐに離れたそれが、キスと言う行為だと理解するのには時間がかかる。
今…キス……した?
一瞬すぎて実感のないそれに文句も告げられず、ただ固まって一琉を見つめれば、ニコニコと私に笑いかけてくる。
そして、驚いて固まっている私に再び腕を絡めると、抱き寄せて今度ははっきりとキスだと理解させるような重なりを与えてきた。