蝶は金魚と恋をする
Side 夏希
どうしよう。
せっかく褒めて貰ったのに、こんな可愛い髪留めも貰ったのに……。
お礼も言わずに逃げちゃったよ。
でも、だって…、ちょっとやっぱり恐いんだもん。
赤い傘を握りしめ、雨足が強まる中をいそいそと歩いていると。
私より遥かに早足で水音を立てながら後ろから迫る足音に、不意に振り返ると秋光さんが傘をさしながらこちらに走って来ていて。
ビビりな気持ちがその場から逃げ出すと言う奇行を取ってしまった。
一瞬絡んだ視線。
つまりは相手も明らかに逃げ出した事に気づいたはず。
その証拠に…。
「っ…、こらっ、まて!夏希ぃぃぃ!!」
「きゃあぁぁぁぁぁ!」
逃げ出した私に、物凄い剣幕で追いかけてくる秋光さんについ叫んで逃げてしまう。
怖い怖い怖い!!!
とは、いえ、私といえばかなりの鈍臭さで周りを引かせるくらいで。
傘を手にしていたせいもあって、何もない道路でつんのめってバランスを崩すと雨で濡れる地面に這い蹲りそうになった。
あっ、転ぶ!濡れる!
だけどその心配は一気に解消され、重力に反して持ち上げられた身体に驚いてしまった。
一瞬何が起こったか分からない中、フワリと地面に傘が落ちる。
でも私の赤い傘じゃなく紺色の大きめの傘で。
ついで響く秋光さんの声。
「っぶね…。間に合った俺に拍手しろよ」
「っ……」
あり得ない!
この状況は恥ずかしい!
気がつくと腹部に腕が巻きついた、横に抱えられた様な状態で抱えられてて。
男の人にここまで密着されている状況は私の中ではキャパオーバーだ。
「い、嫌ぁぁぁぁぁぁ!」
「おいっ!何故叫ぶ?!何か俺が痴漢してるみたいじゃねぇか!!」
「きゃあぁぁぁぁ!!怒鳴らないでください~!!」
「だったら、叫ぶな!!」
「はいぃぃぃ」
私がやっと口を両手で押さえるように塞ぐと、秋光さんは、よし。と、頷いて私をおろした。
あ、あり得ない。
心臓がバクバクしてるよ~。
熱くて仕方ない顔を冷やそうと顔を押さえていると。
頭に降り注いでいた雨がパタリと止んで、ふっと見上げれば紺色の傘が空に咲く。
「風邪引くから…、濡れんな…」
「す、すみません……」