蝶は金魚と恋をする




Side 凪

やっぱり雨の日は客足が悪い。


忙しさで悩みを吹き飛ばしたいというのに。


そういう日に限って暇で悩みがもろに頭をしめるんだ。


気を紛らわせようと雑誌をめくってみても、何度も繰り返し眺めたそれに興味は湧かない。


夕飯時だからか、食べ物のページに目が行っては溜め息をついてしまう。


そういえば、一琉はちゃんと食べているかな?


つい秋光さんを夏希ちゃんに付き添わせた為に、きっと一琉は一人でいるはず。


あの日本知らずのお坊ちゃんが1人でまともに買い物に出れるのかが不安になってくる。


それでも朝にキッチンに立ってホットケーキを焼いてくれたっけ・・・。


フッと脳裏に浮かんだのは朝の一琉の流れる様な所作でキッチンに立つ姿。


もうすでに、一琉が身分的に高い人間だってことは私だって気づいている。


でも、そんな人間が何であんな風にホットケーキとか焼けちゃうんだろ?



「・・・美味しかったんだよね・・・」



あの味を思い出して再び鳴りそうなお腹を押さえた。


甘くてフカフカで、本当はもっと食べたかったのに微妙な空気の中で残してきてしまった。


せっかく一琉が焼いてくれたのに。


まだ残っているかな?


それより・・・、一琉は機嫌を直してくれているだろうか・・・。


雑誌を眺めていても、やはりこうして考えているのは一琉の事で。


朝の悲しげな表情が忘れられない。


それでも取り巻く環境が目まぐるしく動いてしまって、まだ整理のつかない私には決断がつかずにいて困る。


つきつけられている決断は2つ。


一琉と傍にいるか。


一琉と離れるか。


それを意味するのは、結婚か永遠の別れを意味するらしい。


婚約者がいるって言ってたもんね・・・。


あの時は結婚を控えたって恋人って事かと思っていたけど、ここまでくれば何となくその存在の意味を知る。


きっと、政略結婚ってやつなんだろうな・・・。


好きでも無い人と人生を共にする。


でも、好きになる可能性もある。


私には無縁の世界だけども、一琉には当たり前の世界で。


だからこそ一琉は逃げ出したんだろうな。


あの蝶々は何かに捕まるのをひどく嫌うタイプだろうし。


なのに・・・。


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