くたばれクリスマス
『入社当初はね、もう誘ってきた巧のこと恨めしく思うくらい忙しくて体もしんどかった。けどね、仕事にがむしゃらになってるうちに、私は変わってた。
村井の所為で男の人が傍にいるだけでも怖くてしょうがなかったはずなのに、いつのまにかそれも気にならなくなっていたし。ずっと無気力で先生にも鬱だって言われていたのに、気付いたら心療通わなくても大丈夫になっていたし。
良かれ悪かれ自分の仕事を評価されるのもキツいこともあったけど、充実してて、自分が自分のために働くのがこんなに気持ちのいいことなんだって、初めて知れた。
結局ね、疲れたとか辞めたいとか文句いいつつも楽しかったの。巧と肩を並べて『a.q.e』で働くのが、すごく楽しかった。だからね、私気付かなかったの』
美雪の声のトーンにいっそう静かな色が広がっていく。
『………巧、由香ちゃんに付き合いたいって言われたんだってね。でも断られたって、由香ちゃん言ってた。すぐ傍に私がいるから巧はいつまでも新しい恋愛に踏み出せないんだって、私は巧に甘え過ぎてたって、そう言われたの。
最初はね、私と巧はもうそういう間柄じゃないし、文句言われる筋合いもないってちょっと腹が立ったんだけど。
……でもね、ようやく気付いたの。
私は巧が用意してくれた場所に居座って、自分だけ満足そうにどっかり座り込んで。巧が迷惑していたなんて今までちっとも気付けなかった』
携帯を持つ手が震えた。でも俺は美雪の言葉の真剣さに飲まれて、何も言うことが出来ない。
『巧に『いい加減おまえの世話ばっかしてらんねえよ』って言われて、ようやく目が覚めたの。私は今まで巧に甘えすぎてた。
……遅くなって、ごめんね。ずっと気付けなくてごめんね。私はもう立ち直れたから。
だから今までありがとう。私のこと、支えてくれてほんとうにありがとう。全部、巧のお陰だよ。
……でももう、これ以上私にやさしくしなくていいんだよ。私はもう平気だから』
それから美雪は早口で『さよなら』を告げると電話を切った。
俺は呆然と、通話が切れた画面を見つめる。