くたばれクリスマス
「けど。戻るつっても、確かおまえの実家って………」
「お義姉さんと母さん、折り合い悪くてとっくに同居解消してるのよ。兄貴が結婚するとき、私のこと家から追い出すような形になったこと申し訳なかったって言っててね。……私はどのみち都内進学するつもりだったし、もう昔の話だし、そんなの全然気にしたことなかったのにね」
美雪はカチカチとマウスを動かし続けながら言う。
「でもあんな田舎に戻っても就職のアテもないじゃない?この年で親の縁故に頼るのも嫌だし。だから今まで踏ん切りつかなかったんだけどね。……でも親にね、『いつまでもそっちに一人でいるわけにもいかないんだから、どうせなら30になる前に戻っておいで』って言われて。それもそうかって思ってね」
「ふぅん。つまりアレか」
俺はパソコンに向いたままの美雪の背に、すっと鋭く紫煙を吐きつけてすこしばかり意地悪く言ってやる。
「ガラ空きになった二世帯住宅に、娘呼び戻して婿を取ってもらいたいわけだ。だから30なる前に地元で見合いでもして、チャッチャと相手捕まえてほしいとか、そんなとこか?」
他人の俺にすら分かってしまう、美雪の両親の魂胆に失笑しそうになった。
「親御さんからしちゃ、二世帯ローンの返済の目処も立つし、将来自分らの介護をする人員も確保出来て老後の心配もなくなるし、おまけにバツイチの娘も片付くしで一石三鳥の名案ってとこなんだろな。……さんざんおまえのことお荷物扱いしてたのに、勝手な親だな」
俺の無神経極まりない言葉に、でも美雪は何も言わない。今年のバレンタイン向けペアジュエリーの喧材が映ったパソコンのモニターをただじっと見つめている。
いつもだったら真っ先に俺の発言を「あんた何様なの」と叱ってくる同僚も、今日はとっくに退社してる。
俺にはこの沈黙がすこし重い。
「………ま、つっても実の親だしな。地元戻って和解するのもいいんじゃねぇの?俺もさ、いつまでも元カノと同じ職場とか、正直気まずいしな。もうじき30だし、俺だっていい加減おまえの世話ばっかしてらんねぇし」
笑って言いながら新しい煙草を取り出す。
美雪は単調なリズムでマウスを動かし続けている。いつもと何も変わらない後姿。美雪が今どんな顔をしてるのか見えないし、俺には想像も出来なかった。