くたばれクリスマス
俺は人前でベタベタしたり甘い雰囲気になったりするのが苦手で、美雪と付き合ってた間も俺は一緒にイルミネーションを見に行ったり、ふたりでジュエリーショップを覗いてみたり、高いレストランで飯を食ったり、そういうクリスマスを積極的に楽しもうとするような真似は一切したことがなかった。
浮かれてるカップルどもはただの馬鹿にしか見えなかったし、自分もそんな馬鹿の1人になるのが、当時20代そこそこでまだまだ尖っていた俺にはどうしても我慢ならなかったのだ。
なのにあんなに嫌っていた照れ臭いイベントに、とっくの昔に恋人ではなくなった女を自分から誘うだなんてどうかしてる。
「……けどあいつ、そのうち地元帰るかもしれないし。……こういうのもいいだろ?」
すこし浮かれそうになってる心にそんな言い訳をして、コートを着込んで帰り支度をする。
最後に亮介のデスクの引き出しから事務所の鍵を取り出していると。奴のデスクの上に置きっぱなしになっていた、銀色のリングがふたつ目に入る。
レザーのトレイに載ったそれは、社長の亮介が制作したブライダルリングだ。『a.q.e』でもウエディング関連の商品を扱ってみたいなって話になって、急遽亮介が作った試作品だった。
千鳥格子や亀甲なんていう伝統的な和柄を現代風にアレンジするのが亮介の得意分野で、このリングにも亮介がデザインした日本の縁起物が繊細な手彫りで表現されていた。
個性的でありながら洗練されたその意匠は、いつもアクの強い亮介の作品にダメ出しばかりしてる俺もひと目で気に入ったものだった。
『もし年内におまえの結婚が決まったら、お祝いにこいつはタダでおまえにくれてやるよ』
そういってからかってきた亮介の言葉を思い出しながら、何と無しに男用の大きなリングの方を摘み取る。
K18のホワイトゴールド。手のひらの上に感じるそれは、自分の一生を決定付ける楔にしてはあまりにも儚い軽さだ。目に当ててそのちいさな輪っかを覗いてみても、見えるのはその円い枠に切り取られた狭小な世界だけ。
5年前の俺は、まだその窮屈さに縛られることを選ぶ度胸も覚悟もなかった。