くたばれクリスマス
* * *
『ねえ、巧。巧はさ、結婚とかどう思う?』
学生の頃から付き合っていた美雪が、急に結婚と言う言葉を口にするようになったのは、付き合って三年目、就職して2年目の頃だった。
職場じゃぺーぺー扱いで、しかもまだ24歳。当時の俺は美雪がときにさりげなく、とくにあからさまに、まるで駆け引きするように持ち出してくる『結婚』の言葉がただ鬱陶しかった。
所帯を持つことを焦らなきゃいけない年齢でもなかったし、まだまだ遊びたいし、やりたいこともたくさんある。自分1人の面倒をみるだけでもいっぱいいっぱいなのに、家庭や子供を持つなんて、まだその頃はとてもじゃないけど考えられなかった。
なのに俺に寄り掛かってこようとするかのように結婚の意志をちらつかせてくる美雪が、俺にはただ重かった。
だから俺はしだいに美雪とはマメに連絡を取らなくなったし、その結果デートすることも減り、会話も減った。『仕事が忙しい』という大儀を振りかざして、美雪をずっと放っておいたのは故意だった。
振られた頃も、もう2、3ヶ月もまともに会っていなかった。
自然消滅だって、誰もが思うはずだろう。俺も半分そのつもりだった。美雪のことは好きだけど、重くて、でも自分から別れを切り出す勇気もないから、決定的な話をせずにうやむやのままにしていた。
けどそんなとき。
コンビ二の店先で売られていた、真っ白な箱に納められたホールのクリスマスケーキを見て、つい魔が差した。同僚と飲んだ帰りで酔っていたせいでもあるし、それ以上にたぶんクリスマスの浮かれた雰囲気に俺も当てられていたんだろう。
これを持って訪ねていけば美雪はきっと喜ぶだろう、ここ数ヶ月の気まずさなんてさっぱり洗い流して、俺を歓迎してくれるだろう。
酔っていた俺はそんなおめでたいことを考えて、コンビニで買ったケーキと隣に並んでいたシャンパンもどきの酒を持って美雪のアパートに押し掛けた。
その結果、待ち受けていたのがあの惨めな別れだった。
-------でも本当は俺は分かっていた。
いつまでも『結婚』に煮え切らない態度でいた俺にあいつが痺れを切らすのも、ろくに連絡も返さない俺とは「もう終わった」と思ってあいつが新しい男を作るのも、無理もないことだって。
俺は被害者ぶっていただけで、本当は美雪だけが悪いんじゃない。ケーキをぶん投げてやったときだって、本当はそう分かっていたんだ。なのに俺はあいつを見捨てた。
『………巧、ごめんね……』
あの日。別れてから2年後のクリスマス。
涙声で電話してきたあいつの声に聞こえない振りをして、俺はあいつに背を向けた。