金魚の群れ
「すみません」

そう声をかけられたのは、昼食の時間も過ぎて、もうすぐ終了という頃だった。そんな時間に来る人もたまにいるので珍しい事ではないのだけれど、声の主に驚いた。

「まだ、大丈夫かな」

カウンター越しにじっくりと声をかけられたのは初めてで、少し驚いたけれど、うなずきながら当たり障りのない言葉を返す。

「大丈夫です」
「じゃあ、おねがいします」

丁寧な言葉と一緒に差し出された食券を見て手が止まってしまった。

きつねうどん

いつもならもっとちゃんとした食事をするのに。と思いながら辻堂さんの顔を見れば心なしか顔色が悪い。

うどんの玉をゆでながらカウンターに佇んでいる姿に目をやった。深い息をつきながらうつむいている。

やっぱり体調悪いみたいだ。大丈夫かな、元気になって欲しいな。

お湯から上げたうどんをどんぶりに移しながらそんなことを思う自分にびっくりする。おいしいものを食べたら、元気が出るかなぁ。

「そうだ」

もう冷蔵庫にしまっていたうどんに乗せるあげをとるついでに、今日のおやつにと思って買っておいたものを手に取った。

湯気を立てるうどんと一緒に、とっておきの物を置けばうつむいていた顔があげられる。

「これ」
「内緒です」

驚いたような声に小さな声で答えれば、辻堂さんの視線はまた下げられた。

手のひらサイズのプリンは元気の素。
うどんと一緒に食べたら少しは違うかなと思った。

「ありがとう」

その一言と一緒に向けられたのは極上の笑顔。
一瞬周りの音がなくなって、自分の心臓の音が耳元でする。徐々に上がる体温は今まで感じたことがないようなもので、その熱を払うように小さく首を振った。

そんな様子がおかしかったのか、小さく笑うとトレイをもって去って行った。その後姿を見ながら静まることを知らない心臓に手をやる。思い出すのは初めて向けられた笑顔で、そんな顔をいつでも見てみたいと思う。
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