金魚の群れ
「お・ば・ちゃ・ん」

目の前から発せられた声にはっとする。
いけない、いけない、今は仕事中だった。

金魚の尾びれのようにひらひらと揺れる女子社員達のスカートを見ていたら、一瞬意識が飛んでしまった。

「いらっしゃいませ」

自分でははっきりといっているつもりなのに、口元に当てられたガーゼで、目の前の人にはきっとくぐもった声に聞こえているのだろう。

私の反応が遅いことにむっとした様子で、白いカッターシャツの襟元を崩している人は、手に持った小さな紙をカウンターに置く。

『カツカレー』

小さな紙には不釣り合いの大きく描かれたその文字を読み取って、そばにあったお皿に手を伸ばす。

「あ、大盛りで」

メニューの中には書かれていないその一言を告げると、手持無沙汰になったのか、これから座る席を探すかのように後ろに顔を向けた。

カツカレー大盛り。

その言葉を反復させながら、銀色に光る炊飯器のふたを開ける。業務用のその炊飯器のふたは少し重くて、片手であけるとずっしりとした重みが腕に伝わってくる。
白い湯気を立てたご飯をいつもよりも大目にお皿によそって、ふたを閉める。
トレイに並べてあったカツをのせて、その上からあまり具の入っていないカレーをかけた。

「お待たせしました」

カウンターの上に置かれたトレイに置くと同時に、そばに置かれた小さな紙を手にした。
掌の中にある小さな紙を指定された場所におけば完了。
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