金魚の群れ
「か、会社の人ですか…」
「そう、だね」

ほんの少しうれしそうに笑った辻堂さん。
本当は、聞きたくないけれど、でもきっとそうに違いないと思いながら聞いてはいけないことを聞いてしまう。

「え、っと。好きなんですか、その人のこと」
「たぶん。話をしたこともないのに『すき』っておかしいよな」

そういいながらも、柔らかい笑顔で答えた彼の心の中にはその人が住んでいる。
自分の気持ちを言う前に失恋するなんて、本当に今日はなんていう日だろう。

「そん、なことないです」

溢れそうになる涙をこらえるために、思ってもいないことを言いながら首を横に振った。

「なんとなく、わかります」
「そう」
「私も、好きな人と話をしたことないですけど、でも、好きだなって思います。少しのことを知るだけで、心が温かくなります」
「うん」
「伝えないんですか」
「そうだね、それができれば苦労しないんだけど、君は?」
「伝える前に失恋しました」

はい、いまこの瞬間に…。

「そっか」
「あの、だから、後悔しないように伝えた方がいいです」

「うん、そのつもりだったけど、いなくなってしまって、どうしようかと考えていたところ」
「いなくなった?」
「出張から帰ってきたら、いなくなっていて。聞いたら、何日か前にやめたって」
「そうですか・・・」
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