金魚の群れ
12時になる少し前の食堂は、人もまばらで空席の目立つテーブルでは社員証を付けた人たちが思い思いの食事をしている。

「ひめちゃん。少し手伝って」
「はーい」

背中のほうからした声に振り返り、自分と同じような格好をした人のそばに早足で近づいた。
姫原かりん というなまえの一部をとって「ひめちゃん」
大きな声で呼ばれると、ちょっと恥ずかしいような呼び方だけれど、最近では慣れてしまってあまり気にならなくなった。
この愛称で呼んでくれるのは、ここの人たちだけなので特別な感じがして、少しだけ愛着を持っている。

コンクリートの上に響くのは、ボテボテという足音

頭の上にあるのは髪の毛をすっぽりと覆い隠す帽子、口にはマスク、綿でできた白い服は小さなころから何度となく目にした給食当番の服にそっくりで、その下には白いTシャツ。
足元も白いズボンに白い長靴。

これが私の仕事着で、見た目だけでどんな人が着ているのかは判断がしにくい代物。
『おばちゃん』
さっきの人が大きな声で口にしたその呼び方を思い出して口元が緩んだ。

私、まだおばさんと呼ばれるには早いんだけどな。

何十回となく思ったことだけど、やっと20歳になったばかりの自分に向けられる呼び方にしては少々悲しいものがある。

食堂=おばさん という図式が成り立っているのだろう、しかも目の部分しか見えないし。
まあ、確かにここで働く人の中で20代なのは自分だけなので、おば様たちの一人と思われても仕方がないけれど。

呼ばれた先で渡されたお皿たちをカウンターに運ぶ。
そろそろお昼の休憩時間もピークを迎える。

さあ、今日で最後。
頑張らないと。

気合を入れて、手にしたビニール手袋を腕まくりの代わりにギュッとはめ込んだ。
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