幕末オオカミ 第三部 夢想散華編
「もらっとけよ。ご主人が、それを着て土方夫妻が訪ねてくれるのを楽しみにしてたから」
「夫妻!?」
「土方が、『一番大切な人に贈る』と言って注文していったんだってさ。ご主人はもちろん、奥方のことだろうと思ってるよ」
いや、土方歳三さんは、独身です……。
それはともかく、あの不器用な男がこんなふうに気を遣ってくれるなんて。
京で買ってもらった櫛一本で、じゅうぶんだったのに……。
あの櫛は戦の最中もずっと懐にあって、あたしを励ましてくれた。
じわりと涙をにじませたあたしに、槐はそっと手ぬぐいを差し出してくれる。
「……春になんかならなきゃいいのにね」
冬の間は戦ができない。
あたしも槐も、心穏やかに暮らせる。
春になって雪が解ければ、旧幕府軍はもちろん、蝦夷の人たちも戦火に巻き込まれてしまうだろう。