幕末オオカミ 第三部 夢想散華編


「もらっとけよ。ご主人が、それを着て土方夫妻が訪ねてくれるのを楽しみにしてたから」


「夫妻!?」


「土方が、『一番大切な人に贈る』と言って注文していったんだってさ。ご主人はもちろん、奥方のことだろうと思ってるよ」


いや、土方歳三さんは、独身です……。


それはともかく、あの不器用な男がこんなふうに気を遣ってくれるなんて。


京で買ってもらった櫛一本で、じゅうぶんだったのに……。


あの櫛は戦の最中もずっと懐にあって、あたしを励ましてくれた。


じわりと涙をにじませたあたしに、槐はそっと手ぬぐいを差し出してくれる。


「……春になんかならなきゃいいのにね」


冬の間は戦ができない。


あたしも槐も、心穏やかに暮らせる。


春になって雪が解ければ、旧幕府軍はもちろん、蝦夷の人たちも戦火に巻き込まれてしまうだろう。


< 280 / 365 >

この作品をシェア

pagetop