冷酷男子の溺愛
────はずだったけど。
ドアがノックされて、はっと目が醒める。
「……俺、だけど」
一瞬、動きが止まった。
それは彼の声が私に向けられたものだと理解するのに、時間が必要だったから。
「……え、あ、どうしたの」
言葉にしようとしても、うまく繋がらなくて。
話したいことは、山ほどあるのに、私は静かに彼を部屋に招くことしかできなかった。
・
・
・
彼の目が、合わない。
同じ空間にいるはずなのに、どうしても合わない。
嫌なくらい、長く感じる沈黙。
「……俺、この家出てくよ」
「────」
それは、あまりにも、突然だった。
月日にしてみると、まだ半年くらいしか一緒にいないのに、私にとっては家族と同然なくらい、大きな存在になっていた。
だから、「いなくなる」なんて、そんなこと、考えたことなかった。
いや、たぶん、考えたくなかったんだと思う。
彼がいなくなったら、無力感しか残らないってことが、目に見えていたから。