上手く生きられない彼女
向いていない仕事だ…というのは、
筆記試験の合格後に受けた研修で何となく思っていた。
前の職場のケアマネさんを見ていて、大勢が集まるカンファレンスで司会をする事も知っていたし(私は大勢の前で話す事が とても苦手)、
何より利用者さん・ご家族・関係サービス業種(病院・施設・福祉用具レンタル業者を含む在宅サービス業者・医師・看介護・リハ職その他もろもろ)などと連携し その調整役を するのだから、
自分の専門分野以外の様々な知識も必要だし、地域との繋がりや、
法律(介護保険法)は もちろん、利用者さんに紹介できるように、どこに どんな施設があるか、また その施設のメリット・デメリット等、あらゆる事を把握している必要がある。
…と、それは ものすごく頑張って勉強すれば何とか ならなくも ないけれど…、
それより何より一番 向いてない と 感じたのは、
研修で幾度となく言われる介護支援専門員の倫理…最初に まとめた"本人(利用者さん)が その人らしく生きられるよう、本人の代弁者であれ"という言葉に尽きる。
できる人は、できるだろう。
でも、私には無理だった。
自分が自分らしく生きる という事ですら どういう事なのか よく分からないのに、
他人が その人らしく生きられるように、人生のプランを立てるなんて。
利用者さんの気持ちを理解しろ、
利用者さんが言葉で気持ちを伝えられないなら、想像しろ…とも言われる。
だけど想像したところで結局それが本当に本人が考えている事なのかは、本人にしか分からないし、
仮に言葉で伝えられる方だったとしても、果たして本当に本心を初対面の他人に いきなり話しているか なんて、それこそ本人にしか分からない事だ。
分からないけれど想像でプランを立てても良いなら、それは創作小説のようなもので、
創作小説のようで良いのなら、私は結構 好きなのだけれど。
本当に それで いいのか?と突き詰めた時、
実際は、今を生きている生身の人間なのだから、小説のキャラクター設定のように"この人は これが好きだから こう生きて行きたいに違いない"なんて、
勝手に決めつけたり するのは どうなのだろう…と思ってしまうのだ。
(研修中の)ファシリテーターによっては、
("想像しろ"って言うから想像で書いてみれば、)"本当に本人は そう思っているのかな?"と言われる事もある。
"本当に そんな事 思ってるか どうかは、本人にしか分かんないじゃん!"と言いたくなる けれど、
"それを想像して書けるのがプロなのだ"みたいな正論を言われて、そこで納得してしまう。
だから それが できない私は、プロじゃないから向いてないんだ…と、思う。