僕は悪にでもなる
だが、今は違う。こんな閉鎖された場所でも違う。
厳しさの中にも、飽きない楽しみがある。
いや誰かが引いた厳しいレールの上だからこそ、今、ずっと感じることができなかった
快感と言うものを、僕は、味わえている。

そんな調子でここの生活にも慣れてきた頃。

テレビや映画の時以外、笑ってはいけない鉄のルール。
監視の隙を見て笑っていたり、ふざけたり、雑談をしていたりと。
日を重ねるたびに一人、二人と目にするようになった。

はじめてこの寮に来た時の感想はまぎれもなく勘違いだった。
ここに来たものが変わったものがあるのならば
ただ厳しい生活を淡々とこなしていくだけ。中身は何も変わっていない。
良い子ぶって仮面のかぶり方を覚えて、裏ではいつもと変わらない悪の目をしている。
ここでは30人ほどの院生がいる。到底教官ひとりでは監視しきれない。
監視がどこかに集中する。
そう仮面のかぶり方を知らないものに。
この中に評価基準は中身の変化や自分が犯した罪を反省し改めたかどうかではなく、
何も変わらない悪意を隠し上手に仮面をかぶれるかどうか。
更生もくそもない。
ずる賢いやつは怒られず、
正直者は教官の狙いの的になる。
新入生は仮面のかぶり方など知らない。
週に一度院生達が注意をし合う、チクリ集会がある。
そこで仮面をかぶれない者達のわずかな失態を掴み
チクリ集会で攻めまくる。
そうすれば教官の意識はそのカモに集中し、ずる賢く仮面をかぶるやつらは
その監視の隙をねらって笑ったり、ふざけたりはなしたりと、
楽に過ごせるようになるわけだ。
そうやって教官のカモである院生達のそのまたカモが作られる。
脳なしの教官はそのカモを叱りに叱って
仮面をかぶったずる賢いやつらに次々と監視の隙をやり、
仮面にだまされ、その行動を褒めている。
自分たちは影で本性を見せあっているのに、新入生には決して見せない。
話しかけられるとすぐにチクリ、手始めにまた教官の意識を向けさせる。
僕もそうだった。
しかし新入生も、ここの実態を必ず知るようになる。
仮面のかぶり方を覚えだす。
仮面のかぶり方を覚えてしまうともうカモには使えない。
だから本性を見せて仲間にいれる。

新入生が入ってくるたびに、僕に、話しかけてくる奴が増えてくる。
そろそろ仲間にしようとしている。
ばかばかしい。
院生から声を掛けられるたびに、僕はそう思った。

別にふざけたり、笑ったりそんなものを求めていない。
ただロボットのようにここのプログラムにしたがい過ごしたい。
悪意や憎しみからやっと解放された。
仲間は邪魔になるだけ。
仲間にしようと餌を散らかしてくる院生、その餌に食いつかない僕は、
たちまちカモになり、仮面をかぶらない僕は、
何をしても怒鳴られる。
そのたびにやつらに監視の隙を与えている。
少しずつ芽生える憎しみ。

後から入ってきた新入生も次々と仮面のかぶり方を覚えてカモから卒業していく。

鬼の意識は僕から離れない。怒られるたびにうまくいったと言わんばかりに
やつらは笑っている。

馬鹿な鬼は仮面にだませれ、仮面かぶりの悪玉の名前をいい、見習えと言う。
バカバカしい。

憎くて憎くてつい態度や表情にでてしまう。
そのたびに怒鳴られて笑っている寮生の顔を見てさらに憎しみが積もる。

どいつもこいつも顔を見れば噛みつきたくなる。
院生達は、僕の動きを監視し、チクリ集会のネタを探している。
バカバカしい。

僕と同じように新入生が次々っとカモを卒業していくと言うのに
未だカモにされているものがいた、

初日に見た足が悪い院生。
僕が、妙に気になった院生。

名前は上田直樹。

上田もよく怒られている。
チクリ集会では、僕と同じくらい責められている。
でも理由は明らかだ。
足が悪く、厳しい運動も労働もできないから特別なプログラムを組まれている。
それに腹を立てているんだろう。
ここでは毎日がきりきりとしているから、ちょっとしたことで腹が立つ。
例えば、食べ方に癖があるとか、
走り方がださいとか、声に特徴があるとか。
肩がぶつかるなど腹が立つどころではない、ブチ切れそうになる。
そんな世界の中で足を引きづり、厳しい運動と労働をしない上田には憎しみや妬みが集中される。見るだけでみんな腹を立てているようだ。

せっかく悪から解放され、ここの生活にも慣れ、わずかな幸福感を感じていた。
忙しいプログラムの中でも静かな時間を、心は穏やかに静寂に過ごしていた。
また憎しことで心の静寂さを失っていく。

ここでは心なきロボットにならなくてはならない。
人間らしい感情などもってしまうと欲がでてなおさら毎日が苦しくなる。
ただ心なき人間となりプログラムをこなしていれば
はざまにある静かな時間にわずかな幸福感を感じられる。
また憎しみが邪魔をする。

積もる憎しみは労働もさらに厳しくなり、静寂な時間に感じていた幸福感も憎しみに食われてしまう。毎日が苦しくなっていく。

なんとか自分の感情を放り投げて、腹立つ院生の顔を見ても憎しみを抑え込んでいた。

ある日、いつものように農作業と言う名の意味のない労働をしていて、15時の休憩時に
空を見あげ、熱いお茶を飲んでいると、

教官が農具を取りに倉庫に入った瞬間、帽子を深くかぶり、まわりに気づかれないように。
上田直樹が話しかけてきた。

「何してここにきたの?」
「傷害」
「俺も。」
「その足で?」
「あー。」
「その足は?」
「家族4人で、車で移動いている時に、薬をやって運転していた者につっこまれた。
そいつも死んで、両親も亡くなり、妹と二人生き残った。運転は俺がしていたんだ。」
「そうか。」
それしか言えなかった。
「それで深い憎しみに、俺は埋もれてしまった。自宅をつきとめ、仏壇をひっくり返し
遺影を踏みつけた。それしかできなかった。
止めに来た妻と娘。泣きながら止める2人。妻と娘、暴力を振ってしまった。
女に手を上げてしまった。」
直樹は悲しそうに、悔しそうに小さな声で言った。
「復讐か。しょうがないよ。」
「お前も復讐?」
「あー俺もお前と同じようなもんだ。幼いころに母がある男に犯された。目の前でこの目で見てしまった。その後母は自殺。ずっとその男を憎んで生きてきた。でも務所にいることが唯一の救いだったけれど。入ってなかった。俺は殺す気でやったんだがな。殺せなかった。
殺人未遂でもよかったんだけど、傷害でおさまった。
でもそれでそいつは、体中骨折した上に今度こそ強姦の罪で懲役をくらった。
悪は悪を生む。憎しみは憎しみを生む。復讐も復讐を生む。
俺がやったやつも、お前がやった二人の女も、あほみたいに俺達を恨んでるだろうな。」
「そうだよな。」
「人を恨んでも何もいいことない。お前も俺と同じようにここでの扱いはあまりよくないが相手にするな。」
「あーわかってる。俺は罪を償いたい。」
「そうか。」
びっくりした。僕は、やつに対し、これっぽちも反省の意はない。何よりあの憎しみに解放され、あいつが務所にいることを楽しんでいる。それに尽きる。それだけでここで生活できる。
上田直樹は心の底から反省し、償うためにここで生活している。
仮面をかぶったあいつらの、あほ面とはまったく正反対の顔をしてる。

「ありがとう」
「何が?」
「いや、気を使ってくれて。ここではずっと一人だったからな。」
「あー」

二人は静かに会話をやめた。

ここは本当に変な所だ。本気で反省しているものは扱いが酷く、仮面ずらが楽に過ごしている。更生もくそもない。

そしてまた労働にもどり、夕食の時間が近づき、集団行動で寮にもどった。
夕食を終え、わずかな自由時間。ふとトイレに行きたくなり、申告しトイレにはいった。
手を洗い、トイレを出ようとした時、正面の部屋から見えたあいつ。初めに教育係になった男、金沢。他の院生の会話をし、笑ってる。
まるで別人のような顔で。初めて本性を見た。
初日に、僕はをちくったことで、ずっと僕だけには本性を隠していたんだろう。
仕返しが怖いから僕をずっと避けていた
僕は、たまらなく腹が立ったが、邪魔な憎しみは放り捨てた。
そしてトイレをでて自分の部屋にもどり、静かな時間を過ごした。
しばらくすると
鬼の一言で一斉に食事をする場所へ集まった。
今日は週に一度のちくり集会の日。

早速教育係だった男、金沢が手をあげる。

教官に名を呼ばれると、大声で返事をしたった。
「上田直樹君ですが、たたまれた布団にずれがあり2日ほど続いたので注意しました。」
「上田?」
名前を呼ばれている。
返事をして立った。
「そのような事実はありません。」
かささず、他の院生原田が声をあげて手を挙げる。
「はい!」
名前を呼ばれて立った。
「私も横にいたので注意しているところを確認しました。」
「上田!いい加減にしろよ。いつになればここの生活になれるんだ。
反省していない証拠だ。ここに何しにきたんだよ。こままじゃお次は務所生活だ。
しかも認めないなんてまるで反省の色が見えない!嘘ついてもみんなは見てるんだよ。
こいつらを早く見習え!しばらくお前から目を離さないからな。」

怒鳴られている。金沢と、原田にでっちあげられた失態を間に受けて、脳なしの鬼は本当に反省している者を叱り、裏で笑ってる仮面野郎に、隙をまた与える。
バカバカしい。
嬉しそうに、満足気にしている仮面野郎ども。
僕は、切れちまった。
ずっとこの憎しみから遠ざかりたいと、抱けば放り投げ、なんとかしのいできたけれど
切れちまった。
「はい!」
声が小さい。そう鬼に言われてもう一度言い、立った。
「金沢君と原田が先ほど自分がトイレに行った時雑談をし、笑っていました。
あなたが、優等生と言う。あなたが上田君に見習えと言う金沢と原田が。
この目で確認しました。
また、おそらく上田君のことは事実無根でしょう。二人がでっちあげ、それにまんまと騙されたあなたは、上田に監視の目を集中しまた二人に隙を与える。
その他の院生もずっと何度もこの目で雑談し笑っているところを確認しています。
ただ上田君に関しては一度も見たことはありません。
彼らは足の悪い違うプログラムを受けている彼を恨んで罪をでっち上げ
自分たちは裏で楽をする。
新しい新入生が入りると、動きを監視し、ネタを探し回る。そして、チクリ集会のネタにし、監視の目を常に自分達から避けている。
新入生が、ここの生活に慣れ、ここの実態を知ると、雑談仲間に入れる。
入ってきた新入生が、次第に反省し、失態や不正が無くなっているのではなく、
ただ、ただあなたという脳のなしの教官を騙す仮面のかぶり方を覚えただけ。

あなたは、たかがくそガキ達にうまく操られているのです。
自分も新しい新入生がはいってしばらくするとその勧誘がありました。
それに乗らなかったから自分はまだ雑談できる仲間にはいっていない。
しばらく新入生がはいっていないから今の注目の的は上田直樹と自分になってるだけです。」

そう僕が言い放った。
院内がしーーーーんと。時間がとまった。

重ねて教官を追い詰めるように、幸一が言葉を走らせる。
「あなたはガキ達にあざむかれ、仮面にだまされ、うまく利用されているただの脳なしです。」

院内が凍りついた。

「誰にもの言ってんだーーーー」

鬼が発狂する。

胸倉を掴んで倒された。

「図星をつきましたか?思い当たる節でも?もう一度言いましょうか?」

爆発した鬼は赤く赤く顔がはれあげり、おもしろいようにキレている。
鬼が僕を殴ろうとした時、大声で発狂した鬼の声に気づき駆け付けた教官が止めにはいった。怒れ狂った高学歴の教官ぶった脳なしの鬼が、抱えられて部屋から出されている。

院生はみんな凍りつき動けない。
次々と教官がはいってくる。
僕は、倒れたまま腹を抱えて笑っている。
笑いの止まらないまま部屋からだされた。
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