僕は悪にでもなる
そして甘い甘い3日間を終え、いつものように厳しく、辛いプログラムの上にまた乗る。

まだ消えぬ社会の甘い味。
甘い期待
甘い願望

ゆるい体
ゆるい根性
ゆるい意思

ここの生活に勝ち、生き抜き、耐えて見せると決め決意と
揺るがす願望が両脇で浮き沈みする。

いつもよりも増しに増してここでの生活が辛い。
悲しい。苦しい。
どれだけ願っても、まだいつ出られるかわからない。
僕は、もがき苦しんだ。
苦しみの渦中に飲まれてしまった。

強く結んだ決意と願望に溺れそうになる自分とが、摩擦を起こし
痛く哀しい。
そして悔しくて、自分が憎くなる。

毎日が憎い。両手で抱えた大切なものが離れて行きそうで不安も積もる。
そしてまた自分にいら立つ。

崩れそうになる精神。

また、失いそうになる、手放しそうになる戸惑いの日々。

次々と、僕の布団や枕を踏んでいってやつらが、ここをでていく。
次々と、ここから出る日が近づいている。
直樹を殴ったやつらが、嫌がらせをした奴らが、次々と。

たまらねえ。憎しみが吹きあふれてくる。

ある日トイレにはいった。
一人院生がいる。直樹を殴っていただろう者。
ここで、何度も何度も。

目があった瞬間、そいつは目をそらした。

「あーー。怖いんだな。
あの時の狂った俺が怖いのでもない。
答えは簡単だ。いつ頃出られそうかわかるものと、いつでられるかわからないなった者とは、立場が違う。」
そう心が悪息を吐いた。

目をそらしながらゆっくりと僕の横を、すり抜けようとした時、僕は、ふいにその道先を
体で見えなくしてしまった。

正面に立つ生半端な目をした院生。
当時あれだけ、憎き眼差しで僕の枕を踏んだ。
ここで何度も何度も直樹を殴った。

やっぱり画用紙に暗い絵が浮き上がってくる。

「何回なぐった。?」

院生は声をあげようとした。
すぐさま、僕は、院生の喉ぼとけを両手の親指で抑え込む。

「何回なぐった。このまま押しつぶすぞ。」

少し力を入れた親指を緩める。

「殴ってない。」

親指に力をいれる。
目が飛び出しそうな表情をし震えた手で、弱気力で俺の両手をつかむ。

「何回なぐった?」

震えて何もいわない。

「まあ。回数はどうでもいい。殴ったのには間違いないよな。ここで。
この場所で。それに何回も俺の枕を踏んだよな。」

泣きそうにうなずいた。

切れちまった。
また画用紙に、暗い絵が、うきあがってくる。

僕は、力一杯に喉ぼとけを押しつぶし、突き刺し、どこまでも深く深くねみりこませる。

息ができない。苦しそうだ。弱き力で、握った震えた手が、少しずつ離れていく。
僕は、手を離し、そのまま髪を掴み、顔を、表情をじっくりと見た。

ちくったら、次は殺すぞ。次は決して離さない。

そう言って力一杯に拳で腹を殴りあげた。
また息ができない。もがいている。ばれないように、声を殺して。

その姿を僕は、じっくりとゆっくりと見ている。
呼吸が戻った
院生はそのまま静かに立ち去った。

わずかに見える民家の灯り。

また放り投げてしまった。
知らないうちに手放してしまった
抱えていたものはどこに。
もう面影もない。
あの灯りはただの幻想。
もう。戻れない。
やっぱり僕は僕。
こんな自分なんか愛せやしない。
社会にいつか出たって、自分を恨み、他人を恨み
また自由で広大な海に漂流するだけだ。
僕はここにいた方がいい。

僕は、また自分を捨ててしまった。

それから僕は、また感情なきロボットに、
何も求めないロボットに
舞い戻った。

おかげで日々進むプログラムも勤務作業も、何の苦痛も感じない。
そもそも苦しく憎しみを抱いた発端はばかばかしい愛やら社会やら自由やら、
ガラクタを求めたからだ。
何も求めなくなった僕は憎しみも感じない。
僕は、ガラクタと知った社会の匂いも、もう臭いだけ。
誘惑されない。

憎しみなき日々。
求めない日々。

すごく楽になった。
それだけで心地よくなった。

この状態を超えるほどの憎しみを投げてきたやつが今後現れたのなら
次は殺してやる。
もう自分をはっきりさせたい。
そう心がまた悪息を吐く。

院長が言ったことも、あの社長が言ったことも、すべて暗い渦の中へ。
結局あれは全部、僕にはガラクタにしか過ぎない。幻想にしか過ぎない
誰も本当の俺を知らない。

僕の心が泣いた。
そんな日々を重ね、ある日農作業の休憩時間に直樹が、そっと横に座り
小さな声で話しかけてきた。

「お前、もうやめてくれよ。見たぞトイレで首を絞めていた。」
「お前には関係ない」
「どうして、どうしてまた、そんなことをするんだよ。
もういい加減にしろよ。復讐はもうやめろよ。お前もいつかここを出るんだよ。」
「でる気はない。僕は僕を許せないし、愛せない。」
「どうして、ちゃんとあの講演を聞いただろ。俺は感動した!自分を許してやらないと
社会にでてもまた同じことを繰り返す。
俺はずっと飲食店で働いていた。小さな自分の店をもつことが夢なんだ。
そのためにあの人が言うようにここをでたら夢中になって、俺の両親を殺した者も
許し、自分も許し、誰かを愛したい。お前もそうならなくちゃだめだ!」

腹がたった。
爆発しそうだ。

「頼むよ。もうやめてくれ。お前には本当に感謝している。
自分を許してやってくれよ。心配でしょうがないんだ。」

この状態を超えるほどの憎しみを投げてきたやつが今後現れたのなら
次は殺してやる。と悪息を吐いたように
愛や思いやりも同じ、邪魔くさい。
「俺はあの人を尊敬している。あの人のようになりたい。お前にはないのか?」
「ほっといてくれ。」
すでに僕の頭は、沸騰し始めていた。

「悪を断ち切り、愛をつなぐだろ?」

沸騰し続けた水は枯れ果てた。

「悪は断ち切れない。僕自身がそうだから。それに愛などない。
あーそれと、そろそろお前もでるんじゃない?僕はまだまだここにいる。
僕もそんな日が来たってどうせ社会は臭いだけ。」

ブチ切れてしまった。ついに直樹まで切れちまった。
拳を握りしめ、腹を突き刺した。
憎きあいつらのように。
全く同じことをしてしまった。

息ができない。直樹。それでも哀しく、僕を見てくる。
僕は、何もなかったように空を見上げる。
遠く遠く澄んだ青空。
飛行機雲が絵を描き、さらに美しさを与えた。

この世できれいなものは空だけだ。
そう心が泣いて、僕は、そのまま苦しむ直樹をほって立ち上がり
淡々と作業を始めた。

それからすれ違う直樹とは目があわせられない。
だけど心配そうにこっちを見てくる直樹の視線が感じる。

僕は、こういう人間だと言い聞かせ、すべての愛を弾き飛ばした。
どこか寂しさを感じるけれど。もうこれしかない。
僕だって僕だって、そう。自分のを許したい。
できない。できない。できない。

僕の心がまた、泣く。

目をつぶり寂しさを抱えて眠った。

無になり、無のまま、すべてを無に飲み込ませて
ただ淡々と過ごしていく。

優しい思い出ももう巡らない。
求めた甘い社会への感情も巡らない。

僕は、憎しみを捨てられた無の快感を撫でている。
誰も目に入らない。
無の世界でただ静かに時を過ごした。

邪魔な憎しみもない。
邪魔な愛もない。
邪魔な優しさも恋しさも感じない。

そう、何も求めない無に快感を感じる。

もう疲れたんだ。愛を求めれば苦しくなり
社会が恋しくなる。
恋しくなればさっそうとここからでていくもの
ぼちぼち出ていきそうなものに憎しみを抱く。

そう愛を求めた先に憎しみがいる。憎しみの先には寂しさがある。

愛、恋しさ、苦しさ、憎しみ、寂しさ、愛、恋しさ、苦しさ、憎しみ、寂しさ

このサイクルにはまる。

だから無になるのが一番楽だった。

僕には、自分を愛すれば人を愛す、人を愛せば力になり、自分を愛し、人をもっと愛することができる。

そんなサイクルには入れない。

今、この無という僕の足元には、寂しさと言う淵に囲まれてつっ立ってる。
足元から日増すたびに、じわじわとじわじわと、孤独感がのぼってくる。
そんな場所にとまどいつったてる。

憎しみをいだけば悲しみ
悲しめば愛求め
愛求めれば孤独になる

ぬけられない。ぬけられない。
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