僕は悪にでもなる
そして深い深い憎しみと、半日泣き続けた疲れとともに深い眠りについた。
目を覚ました時には、ばあちゃんの背中が見えて
母も起きていた。
何かを話している。
ふと起き上った僕に母もばあちゃんも気づき。、
「こうちゃん。おはよう」
とばあちゃんが言った。
母は悲しそうな顔をしているが、元気を取り戻している様子で
僕に話しかけてきた。
「こうちゃん。もうお母さんは心配ないからね。
ごめんね。こわかったね。けんしろうもきっとおばちゃんが助けてくれているからね。」
そう優しく言った。
するとばあちゃんが、先生の所に行くと言って
病室をでた。
二人になった、病室。
母は何も言わず僕の手を握り、目をつぶっていた。
するとノックをして男の声が聞こえた。
その時、僕は、反射的に憎しみが湧き上がった。
「警察です。」
ふと僕は、我にかえった。
母がどうぞと言うと、大人の男たちが数人部屋に入ってきた。
警察とわかっていてもどこか恐怖感を感じていた。
「こうちゃん。ちょっとおまわりさんとお話があるから外で待っててくれる?」
そう母が悲しそうに僕に告げる。
僕は、ただうなずき部屋をでた。
イスに座って、病内をうろつく大人たちを見ていた。
大人の男たちがみんなあの獣のような男に見える。
憎く、悔しくて、怖い。
僕は、一人で病院をでて、あの現場、家に歩いて向かっていた。
幾度なく通りゆく車と鳴り響くタイヤ音をかき分けて。
そして次第に、見慣れた景色が僕をつつんだ。
いつもの帰り道。
そそぐ小川、広がる田園風景、そびえたち優しく揺れる木々達。
そして全てを見守る澄んだ青空。
不安でいっぱいの中歩いてきたけれど、ほっとした。
マンションにつき、けんしろうのことが気になり、駆け付けてくれたおばちゃんの家に向かっていた。
その途中に、あの悲惨を引き起こした我が家を通る。
次第に鼓動が高まり、何か妙な恐怖感が膨れていく。
階段をあがって廊下に入った時
その部屋の前にはたくさんの大人の男達がいた。
みんなみんな、あの獣のように見える。
その獣の隙間からわずかに見えた。
それは悲しく、虚しく、あの時と変わらない場所で。
倒れて動かない。
まるでゴミのようにおかれている。
けんしろうだった。
僕は、信じられなかった。受け止められなかった。
平然とけんしろうをまたぐ大人達。
聞こえてくる。聞こえてくる。
「大丈夫、ちゃんと病院に連れて行ってあげるから」
「きっと助かるから」
「おばちゃんが病院につれていってくれる」
「心配ないよ」
そう言った、母やばあちゃんやおばちゃんの声。
僕は、大男たちの隙間をぬってけんしろうの元へ
するとでかく毛深い男の手が僕の肩をつかんだ。
力強く、恐ろしく。
「なにしてんだ!勝手にはいるな!」
聞こえてきた低い声。ふきだす息。
僕は、思わずその手を噛んだ。
そしてけんしろうの元へ
そのすぐそばに平然と足をおく大男達。
僕は、その足をつかみ
「のけろー」
と泣きながら叫んだ。
警察官たちは、ここの子だと確認し合っていた。
「けんしろう。けんしろう。」
憎き大男達に囲まれて、ただただけんしろうをさすった。
血は乾き、毛が固まり、冷たくなっている。
もうもがく声さえ聞こえない。
悲しく痛みをこらえて、もがく姿さえない。
目元には涙が枯れた後。
首元は切り裂かれた後。
もう死んでいる。
あの時のけんしろうのもがく姿と鳴き声が頭から離れない。
目つぶりぐっとこらえ、ひたすらにけんしろうの背中をさすっていた。
「あの犬は、被疑者に吠えかかったようで、周りに聞こえないようにと
喉を切り裂いたようです。」
ぼそっと聞こえた声。
僕は、こらえていた、心に秘めたていた、大きな、悲しみ、憎しみ、恨み、が爆発した。
「ぼうや、ここはまだ入ってはいけない場所だからでていきなさい。」
そう邪魔くさく発した獣。
僕は、振りかえり、強く、悲しく、にらんだ。
「なんだその目は、だめっていってんだろ」
そう言った。
僕は、目をそらさない。もう泣かない。
けんしろうを抱きかかえた。
「なんだ。犬か。それならもう調べに必要ないから出て行きなさい。」
非情で憎い獣がそう言った。
僕は、膨れ上がる感情と、あふれそうになる涙をこらえ、獣たちを睨み、けんしろうを抱き、前へ進んだ。
大男達の間を、一人ひとり、悲しく睨み玄関をでた。
階段を下りて、倉庫からスコップをとり、歩いた。
けんしろうの冷たい体から伝わる悔しさ。
もう目を覚まさない悲しさ
ぴくとも動かない切なさ。
僕は、それでも涙をこらえて前へ進んだ。
たどりついた場所は、けんしろうとよく遊んだ、川。
ここにくるとけんしろうは川へ飛びこんでは口角をあげてべろを出し、
岸にあがってくる。
びしょぬれになったまま尻尾をふって飛ぶように飛びかかる。
僕は、笑って抱きしめて一緒に濡れる。
またけんしろうは川へ飛び込み、飽きずに飽きずに繰り返す。
出てきては、毛を振るい水を飛ばしては、僕の顔につく。
僕は、それを吹いてけんしろうをさする。
あの時の二人の楽しい時間が今目の前に広がる。
淡々と、永遠にながれゆく川を見つめ。
ふと正気にもどると、動かないけんしろう。
悲しさをこらえて、けんしろうをそっと川辺に寝かせた。
そして僕は、スコップで穴を掘り始めた。
いくら増水しようとも、いつまでもいつまでもこの好きな場所で
ゆっくりと眠れるように、深く深く掘った。
疲れる体、ひきつる筋肉、荒れる息。
小学生には重いシャベル。固い土。
負けずに、負けずに掘った。
何もできなかった悔いと憎しみが力となり掘り続けた。
すると夕立が降ってきた。
叩きつける雨が、僕の恐れをあおり、悲しみをあおる。
僕は今、けんしろうの眠る場所を掘っている。
墓を作っている。
もう死んだ。掘る穴はこの後、土に埋まり、けんしろうとはもう二度と会えなくなる。
掘れば掘るほど悲しく、僕は、荒れる息と叩きつける雨と共に、泣きながら手を、体を、動かす。
深く深く。
音をたてて。
強く強く土に突き刺し。
持ち上げる。
僕は、シャベルをおいた。あれる息を整えて、最後にけんしろうを見つめた。
「ごめんな。何もできなかった。ごめんな、ごめんな。」
ゆっくりゆっくり、忘れないように、伝わるように、けんしろうをさする。
けんしろうの毛についた血も涙も、夕立に撃たれてなくなっている。
この濡れた毛並みはもう、振るって水を弾かず、ただ濡れている。
ゆっくり抱きかかえ、ほった穴にそっと置いた。
「せめてよく遊んだこの場所で、好きだったこの場所で
ゆっくりとゆっくりと寝てね」
僕は、心でつぶやき、そっと土をかけた。
叩きつける雨が、すぐにその土流す。
悲しくて、悲しくて、負けずと土をすくい、けんしろうにかける。
次から、次へと負けずに、負けずに息を荒立てて。
少しずつ、少しずつ、けんしろうが見えなくなっていく。
悲しくて、悲しくて、負けずに土をかけ続けた。
全ての土を戻した時。雨にも負けないように、時にも負けないように固く固く
眠るけんしろうを守るため、僕はその上を、膝をついてに手で叩いた。
振り続く雨、込み上げ続ける悲しみ。
天にむかって、叩きつける雨にむかって
顔をあげてほえた!
全ての力をふり絞って叫んだ。
泣いた。
目を覚ました時には、ばあちゃんの背中が見えて
母も起きていた。
何かを話している。
ふと起き上った僕に母もばあちゃんも気づき。、
「こうちゃん。おはよう」
とばあちゃんが言った。
母は悲しそうな顔をしているが、元気を取り戻している様子で
僕に話しかけてきた。
「こうちゃん。もうお母さんは心配ないからね。
ごめんね。こわかったね。けんしろうもきっとおばちゃんが助けてくれているからね。」
そう優しく言った。
するとばあちゃんが、先生の所に行くと言って
病室をでた。
二人になった、病室。
母は何も言わず僕の手を握り、目をつぶっていた。
するとノックをして男の声が聞こえた。
その時、僕は、反射的に憎しみが湧き上がった。
「警察です。」
ふと僕は、我にかえった。
母がどうぞと言うと、大人の男たちが数人部屋に入ってきた。
警察とわかっていてもどこか恐怖感を感じていた。
「こうちゃん。ちょっとおまわりさんとお話があるから外で待っててくれる?」
そう母が悲しそうに僕に告げる。
僕は、ただうなずき部屋をでた。
イスに座って、病内をうろつく大人たちを見ていた。
大人の男たちがみんなあの獣のような男に見える。
憎く、悔しくて、怖い。
僕は、一人で病院をでて、あの現場、家に歩いて向かっていた。
幾度なく通りゆく車と鳴り響くタイヤ音をかき分けて。
そして次第に、見慣れた景色が僕をつつんだ。
いつもの帰り道。
そそぐ小川、広がる田園風景、そびえたち優しく揺れる木々達。
そして全てを見守る澄んだ青空。
不安でいっぱいの中歩いてきたけれど、ほっとした。
マンションにつき、けんしろうのことが気になり、駆け付けてくれたおばちゃんの家に向かっていた。
その途中に、あの悲惨を引き起こした我が家を通る。
次第に鼓動が高まり、何か妙な恐怖感が膨れていく。
階段をあがって廊下に入った時
その部屋の前にはたくさんの大人の男達がいた。
みんなみんな、あの獣のように見える。
その獣の隙間からわずかに見えた。
それは悲しく、虚しく、あの時と変わらない場所で。
倒れて動かない。
まるでゴミのようにおかれている。
けんしろうだった。
僕は、信じられなかった。受け止められなかった。
平然とけんしろうをまたぐ大人達。
聞こえてくる。聞こえてくる。
「大丈夫、ちゃんと病院に連れて行ってあげるから」
「きっと助かるから」
「おばちゃんが病院につれていってくれる」
「心配ないよ」
そう言った、母やばあちゃんやおばちゃんの声。
僕は、大男たちの隙間をぬってけんしろうの元へ
するとでかく毛深い男の手が僕の肩をつかんだ。
力強く、恐ろしく。
「なにしてんだ!勝手にはいるな!」
聞こえてきた低い声。ふきだす息。
僕は、思わずその手を噛んだ。
そしてけんしろうの元へ
そのすぐそばに平然と足をおく大男達。
僕は、その足をつかみ
「のけろー」
と泣きながら叫んだ。
警察官たちは、ここの子だと確認し合っていた。
「けんしろう。けんしろう。」
憎き大男達に囲まれて、ただただけんしろうをさすった。
血は乾き、毛が固まり、冷たくなっている。
もうもがく声さえ聞こえない。
悲しく痛みをこらえて、もがく姿さえない。
目元には涙が枯れた後。
首元は切り裂かれた後。
もう死んでいる。
あの時のけんしろうのもがく姿と鳴き声が頭から離れない。
目つぶりぐっとこらえ、ひたすらにけんしろうの背中をさすっていた。
「あの犬は、被疑者に吠えかかったようで、周りに聞こえないようにと
喉を切り裂いたようです。」
ぼそっと聞こえた声。
僕は、こらえていた、心に秘めたていた、大きな、悲しみ、憎しみ、恨み、が爆発した。
「ぼうや、ここはまだ入ってはいけない場所だからでていきなさい。」
そう邪魔くさく発した獣。
僕は、振りかえり、強く、悲しく、にらんだ。
「なんだその目は、だめっていってんだろ」
そう言った。
僕は、目をそらさない。もう泣かない。
けんしろうを抱きかかえた。
「なんだ。犬か。それならもう調べに必要ないから出て行きなさい。」
非情で憎い獣がそう言った。
僕は、膨れ上がる感情と、あふれそうになる涙をこらえ、獣たちを睨み、けんしろうを抱き、前へ進んだ。
大男達の間を、一人ひとり、悲しく睨み玄関をでた。
階段を下りて、倉庫からスコップをとり、歩いた。
けんしろうの冷たい体から伝わる悔しさ。
もう目を覚まさない悲しさ
ぴくとも動かない切なさ。
僕は、それでも涙をこらえて前へ進んだ。
たどりついた場所は、けんしろうとよく遊んだ、川。
ここにくるとけんしろうは川へ飛びこんでは口角をあげてべろを出し、
岸にあがってくる。
びしょぬれになったまま尻尾をふって飛ぶように飛びかかる。
僕は、笑って抱きしめて一緒に濡れる。
またけんしろうは川へ飛び込み、飽きずに飽きずに繰り返す。
出てきては、毛を振るい水を飛ばしては、僕の顔につく。
僕は、それを吹いてけんしろうをさする。
あの時の二人の楽しい時間が今目の前に広がる。
淡々と、永遠にながれゆく川を見つめ。
ふと正気にもどると、動かないけんしろう。
悲しさをこらえて、けんしろうをそっと川辺に寝かせた。
そして僕は、スコップで穴を掘り始めた。
いくら増水しようとも、いつまでもいつまでもこの好きな場所で
ゆっくりと眠れるように、深く深く掘った。
疲れる体、ひきつる筋肉、荒れる息。
小学生には重いシャベル。固い土。
負けずに、負けずに掘った。
何もできなかった悔いと憎しみが力となり掘り続けた。
すると夕立が降ってきた。
叩きつける雨が、僕の恐れをあおり、悲しみをあおる。
僕は今、けんしろうの眠る場所を掘っている。
墓を作っている。
もう死んだ。掘る穴はこの後、土に埋まり、けんしろうとはもう二度と会えなくなる。
掘れば掘るほど悲しく、僕は、荒れる息と叩きつける雨と共に、泣きながら手を、体を、動かす。
深く深く。
音をたてて。
強く強く土に突き刺し。
持ち上げる。
僕は、シャベルをおいた。あれる息を整えて、最後にけんしろうを見つめた。
「ごめんな。何もできなかった。ごめんな、ごめんな。」
ゆっくりゆっくり、忘れないように、伝わるように、けんしろうをさする。
けんしろうの毛についた血も涙も、夕立に撃たれてなくなっている。
この濡れた毛並みはもう、振るって水を弾かず、ただ濡れている。
ゆっくり抱きかかえ、ほった穴にそっと置いた。
「せめてよく遊んだこの場所で、好きだったこの場所で
ゆっくりとゆっくりと寝てね」
僕は、心でつぶやき、そっと土をかけた。
叩きつける雨が、すぐにその土流す。
悲しくて、悲しくて、負けずと土をすくい、けんしろうにかける。
次から、次へと負けずに、負けずに息を荒立てて。
少しずつ、少しずつ、けんしろうが見えなくなっていく。
悲しくて、悲しくて、負けずに土をかけ続けた。
全ての土を戻した時。雨にも負けないように、時にも負けないように固く固く
眠るけんしろうを守るため、僕はその上を、膝をついてに手で叩いた。
振り続く雨、込み上げ続ける悲しみ。
天にむかって、叩きつける雨にむかって
顔をあげてほえた!
全ての力をふり絞って叫んだ。
泣いた。