僕は悪にでもなる
東京
ある日、少年院からこっそり持ち帰った紙を引き出しから取り出した。

婦人会で出会ったおばちゃんにもらった紙

「東京か。」

軽くつぶやく。
この生ぬるい場所から離れたい。
この生ぬるい自分を厳しく激しい場所へと身を投じたい。

そんな願望が顔を出し、電話を手に取る。

「もしもし。」

聞き覚えのある懐かしい声がはじけた。

「あの。少年院で会った内田幸一です。」

「あら。出られたのね。」

「はい。」

「かけてきてくれて嬉しいわ。また東京に遊びに来てよ。
ぜひ会いたいわ。」

「はい。それで電話してみたんです。東京に行ってみたいと思って。」

「本当に!嬉しい。約束の桜公園にいきましょ。今満開よ。
いつくる?」

「まだ急に思ったことなんで決めていませんが、なるべく早くいきたいです。」

「そう。早く来ないと桜散ってしまうわよ。」

「また、日程が決まったら連絡してもいいですか?」
「もちろんよ。待ってるわ」

おばちゃんの声は明るく弾んでいた。
気まぐれに東京を思い出し、電話をかけて見たが、気づいた時にはもう
東京へ行く決意が固まっていた。

そして、もう一枚の少年院から持ち帰った紙。
直樹の電話番号だった。
「もしもし。」
「幸一か!?」
「あー。久しぶり」
「出てこれたか!」
「ちょっと前にな。元気か?」
「あー元気だよ。幸一こそ元気か?」
「まあ。それなりに。」
「東京に来いよ!というか一緒に東京ですまないか?
一緒にやり直そう!」
「それなんだけど。実は俺もそう思ってたところなんだ。
ここに居ればまた腐っちまいそうでな。」
「そうか。それはいい。ぜひ来いよ!すぐに来いよ!早くお前に会いたいよ」
「あー。ありがとう。俺もお前に久しぶりに会いたいな。すぐに行くよ」
「待ってるぞ!」

僕は早速、親戚のおばちゃんに話許可を得て、
東京へ行く準備をさっさと進めた。

住む場所はもうすでに決めていた。
東京に一度負けた同じ部屋にしようと。

ネットで検索し探し続けた。
やっと見つけた。見覚えのある、深い思い出が詰まる外観。
丁度空いていた。

不動産屋に連絡し、見学などいらない。
遠隔で手続きを進めていった。

そしてついにここから離れ、東京へ向かう日がやってきた。

これから自分がどうなるのか。
不安もあるけれど、神経が震え興奮していた。
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