僕は悪にでもなる
僕はとっさに家にもどり
ドアを開けた。そこには、直樹、そしておばちゃん。
膝をつき、泣いている。

気持ち良さそうに、ただベットで眠っている虹美の前で。
ベットの上で綺麗にかかる虹。

俺は、虹美のそばにいき、かかった儚い虹が消えぬように
優しく優しく頭をなでる。

「なおき、おばちゃん、なんで泣いてんの。虹美がおきちゃうよ。
疲れてんだなー。虹美、なんか直樹もおばちゃんもないてんぞ。
あはははは。はは。はは。」

綺麗な寝顔。

胸元から血がにじんでいる。

「なんだよ。ケガしてんのか。動いたらだめだぞ。今病院に連れて行ってやるからな。
そう。そうやって静かに横になってろよ。傷にひびくからな。」

次第に、直樹とおばちゃんの息が激しくなり、すすり泣きから唸り泣きへ。

「どうしたんだよ。二人ともこのくらいのケガで泣いてよ。今から病院に俺が連れて行くから。そんなに泣かなくても。はは。はは、、、」

俺は冷たくなった。虹美の首裏に腕をいれて左肩をつかんだ。
そして左手を握り、体を起こそうとした時小さな声で。

「幸一。死んだんだよ。」

「何言ってんだ、バカ野郎。妙なこと言ってる間があったら手伝ってくれよ」

そして俺は、さらに虹美のひざ下にも右手をいれて抱え込み
力をいれて立ち上がろうとした。

そんな俺の体にしがみつき

「死んだのよーーーー。幸一。死んだのよーーー。」

おばちゃんが叫ぶ。

おばちゃんにつかまれ、ふと虹美を離してしまい、
バランスをくずして床に尻から俺はくずれた。

目の前には離してしまった虹美の手がベットからたらりと、たらりと。
力なき細く白い手が。動かない。

二人は泣いて泣いて泣いて。

「ふざけるなよ。死んでたまるかよ。なあ。なあ。虹美。
勝手に殺すなって言ってやれよ。早く、早く。虹美。」

ドアが開く。

入ってきたのは、数人の警察官と救急隊。

「なんだよ。あー丁度いい。虹美がケガしてしまってなあ。こんなケガなのに
虹美も大げさにおきないし、二人はなくし。よかった、よかった。来てくれて。
こまってたんだよ。」

警察官達は、何も言わずに虹美を囲い虹美が見えなくなった。

「見てみろ。そんなケガだぜ。ほんとにみんな大げさによー」

警察官達は虹美を担架に乗せて部屋を出ていこうとしている。

「何も担架まで用意しなくても、いい加減にしろよ。虹美。ははは。」
付いていく俺。外にでると、雨が降っていた。そしてサイレンの泊まった救急車。

「何も救急車まで呼ばなくても。
ありがたいな。」
そう言って虹美が乗せられた救急車に乗ろうと足を上げた時

「もういい加減にしなさい。虹美は死んだのよ。死んだのよ」
おばちゃんがしがみつき離さない。

救急車のドアが閉まりサイレンも鳴らさずに走り出す。

「待てよー!」
おばちゃんを飛ばし、俺は走り出した。

すると直樹が後ろから俺の腰に向かって飛びかかり、倒され顎を強打する。
痛みなど感じない。
捕まれた髪、押し付けられる力。
そんなことも、感じない。
救急車に向かって顔をあげる。

「死んだんだよ。死んだんだよーーー。あーーーーーーー」
直樹が叫び力一杯に俺の頭をコンクリートにたたき落とす。
そして強く強く下へ下へ力を入れ押しつぶす。

震える直樹の手。
荒れる直樹の息。
そして打ち当たる雨。

「ふざけんなよ。死んでたまるか。殺されてたまるか」

信じられない、信じられない。

こみあげる認めたくない感情と受け入れられない事実。
「何でだー。うそだろー。やめてくれよー。待ってくれよー。」
叫んで、叫んで、叫んで。
見えてくる、感じてくる、事実を弾き飛ばすように。

叫ぶ叫ぶ。
大声疾呼する。

「虹美ーー。虹美ーー。」
打ち当たる雨に向かって吠えた。

おさえられる直樹の手に反発して、首をあげてはコンクリートに頭を叩きつけ
何度も叩きつける。

直樹は俺の髪をはなし、肩をもってひっくり返した。
血がこめかみを通り、耳元に雨水とともに垂れる流れる。

空が見えた。そこにはさっきまで平然とかかる虹があったのに。
今はない。どこにもない。余韻もない。面影もない。ただ、深い深い雨雲から
振り続ける雨。

直樹は俺を抱き締めた。
何も言わずにただ抱き締める。

泣き崩れて動かなかったおばちゃんも俺の背中から抱きつき
びしょぬれの頭をなでてくる。
優しく悲しく何度も繰り返し繰り返し。

ありえない事実。
流れ続ける血。
流れ続ける涙。
振り続ける雨。
遠のく意識。
俺はそのまま意識を失った。何も認めず、受け止められないままに。
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