僕は悪にでもなる
それから僕は、、深く帽子をかぶり、あの店の死角にたち、張り込んだ。
女が出勤し、女が帰っていく。
朝方に、こつこつ高いヒールの音をたてて、誰もいない歩道を歩き家路をたどる。
俺も女の後をつけ、家を突き止めた。
その女はマンションに入って行った。
入口の死角に座り、出てくるのをずっとまった。
女がラフな姿でマンションからでてきた。すぐにその女をつけ、
人影が見えない裏道に入った頃、女に向かって走った。
気付いた女は声をあげて走って逃げだしたが、すぐに追いついた。
壁におしつけ、ナイフを首につけた。

「たのむ。オーナーの居場所を教えてくれ。何もしないから」
そう深々とかぶった帽子をあげて言った。

「お願い。お願いします。」
心をこめて、願いを込めて、女の目から離さない。

「わかりました。」
そう女が言うと力のはいった目、女をつかむ手、ナイフを握る指
ふーと深い息を吐き、力が抜ける。

女が案内する道中で、ゴミ捨て場に金属バットがあった。
「ちょっと待て。」
僕は、女を止めて、バットを手にした。
ナイフで人刺しじゃなあ。
これでゆっくりゆっくりと。
そう思い手にした。そして女に案内を再開させる。

「ここよ。」
そう女が言った。

ここは、一度来た場所だ。
シャッターが閉まっている。
そんなビルはいくつもあったから、クラブのホステスに聞いた時には
ここを絞ることができなかったが、やっと、やっと、たどり着けた。

「どうやって入る?」
「裏口よ」

二人は裏に回った。

裏口のドアってのに、たいそれた厳重なドアだ。
「あけろ。鍵持ってんだろ。」
「もってないわ!私は場所を知っているだけです。」
僕は、ナイフをだし、女の手首をもち、縄で縛られた跡を女に見えるように持ち上げた。
「お前もここにきているはずだ。」
そう言うと、女は仕方なくカバンをあさり、いくつもの鍵の束がでてきた。
裏口のドアを開けてはいると、階段の前にまた厳重なドアがある。
僕は、女の腰にナイフの先をあてて
「頼む。あいつの所まで。お願い」
小さく耳元でつぶやいた。
女はドアを開けて階段を上がる。
女は3階で止まり、部屋につながる廊下へと進む。
「ちょっとまて、ここはまだ3階だぞ」
「そうよ。ここよ。」
そう言い返し部屋の前にたった。
「本当に、ここか?何も聞こえないぞ。」
「ここは防音加工されているの。中にいるわ。」
そう言った。
鼓動が少しずつ音を立てて走り出す。
「開けてくれ。」
そう言うと女が鍵を開けて扉をあけた。
その瞬間、通り過ぎていく小さな風と共に。
「やめてー、お願いだからやめてー」
泣き叫ぶ声が耳をかする。

「ちょっと待ってろ。まだ取り込み中だ。」
そう男言っている。
「早く、締めろ!」
先に女を中に入れさせていたが、女の服をひっぱり
女を、外にだして僕は、中に入った。そして鍵を閉めた。

目に映ったものは、あの日の光景。
違うのは女が叫んでいるだけ。
ベットに縛られた女。
細く、白く、長い脚が開いている。
そして汚い背中。揺れる金玉。汚れた唸り声。

獣。

女は泣いている。叫んでいる。
「だまれっていってんだろ。」
そう獣は怒り、女を殴っている。
「じっとしろ。また打つぞ!」
横には何本もの注射器が転がっている。

男は汚い息をはき、喘ぐ。
「おう。そうしてればいいんだよ。おう。おう。気持ちいいよ」
汚い舌を綺麗な女の首元をなめ、汚い唾で女の首元が湿る。

あまりにも憎い光景。込み上げる感情。高まる鼓動。
はげしく鳴り響く。
どんどんと、どんどんと。
あの時の瞬間がよみあがる。
ただ、今はこいつをやれる。

喜びのようなものが込み上げて僕は、
留まることの知らない湧き上がる、憎しみを食べ始めた。

楽しむかのように。煙草をくわえ、火をつけて、感じるニコチンと共に
快感を味わい、その光景を眺めていた。

獣の汚い舌が首元から耳へと移動したとき、とっさに女が拒む。
「もうやめてー。お願いだから。やめてー」
「まだ、叫ぶのか、せっかくいいとこだったのに。懲りないやつだな。」
そう言って、また注射器をとり、縛られた腕にチューブをまき、薬を入れている。

僕は、まだ眺めている。吐く煙の先にこんなに憎く、悲惨なことが目の前に起こっているのに。動かない。

女は震え始めた。
男は舐め回し、腰を激しく振る。
少しずつ激しさが増し、喘ぐ声が大きくなっていく。
「おーーー。いくよーーー。」
そう男が言った時、僕は、正気にもどった。

目が覚め、体に力が入り、握ったバットですぐ右手にある窓を叩いた。
防音ガラスで割れずヒビがはいり、大きな音をたてた。

男は女から離れ、ベットから飛び出し、壁に背をつけた。そして、目があった。
こいつだ!
激しく、激しく鼓動が。

「お前誰だ!」

「久しぶりだな。おっさん。もうしゃばに出てきたのか。」

「誰かわかんねーけど。ちょっとまて。」
そうあの時のように。獣のから生半端な目にかわり金庫を開け始めた。
「金だろ?ほれ、金だろ?いくらでもやるから持って行け。」
そう言って俺の足元に札束が、いくつも投げられてきた。

僕は、ヒビをいれた窓の先をバットで力一杯に押して、開けた。
そして札束を手に取り、外へなげる。
ひらひらと、ひらひらと、諭吉が舞う。

「何してんだ。いらねえのか。」
そう男が震えながら言っている。
ずっとこれまでこの金でなんでも好きなようにしてきた。いやできてきたんだ。
はじめて金が自分を救ってくれない、金の裏切られたように泣きそうな顔で。
「金なんか。もういらねーんだよ。どうせ中では使えない。今から俺はお前を殺すからな」
そう言った。

横たわる女は震えが止まり、眠っている。
きれいな女だった。

「ちょっとまて、よく考えろ。今ここで、俺をやって務所に入るより、この金で人生を楽しんだらどうだ。何でもできる。金があれば、そう何でもできるんだよ。」

「今何もできていないよ」
僕は、金に動かない自分を、もう一度見せてやった。

「誰なんだ。こいつの男か?俺を務所に入れても、こいつはもうシャブ中だぜ。こいつだってひっぱられる。俺ももうしないから、ここは平凡におさめようじゃないか」

「その女とは何も関係ねえ。シャブ中だろうが、捕まろうが、興味ねえ。」

「だったらお前はなんで、俺を狙う。」

「ますみの息子だ。」
金を踏みつけて一歩前へ進んだ。
「あーあの時のガキ。あー。あははははっはは。そうかあの時の。まさみの。」
そう言って笑いだした。

僕は、諭吉の上で足を止める。

「いいか、ガキ、俺をやれば、その金で俺はいくらでも鉄砲玉を使える。
必ず殺すぞ。お前のお母さんもな。あいつもそうだった。これで脅してあいつを口止めした。子を守るために、ずっとずっと俺とやってたんだ。俺は確かにあいつに惚れた。心底な。でもいくら交際を申し込んでもだめでな。だから燃えたんだ!そういう奴ほど犯すのは快感だ。薬を仕込み襲った。気持ちよかったよ。あの時はお前のせいで、途中で終わってしまったけど、その後じっくりと、じっくりと楽しませてもらったよ。
でもねえ。いい女はいくらでもいる。金があればいくらでも食える。あいつはもう飽きて手を出さなくなった。それでも息子のためにと、今までずっと口を閉ざし、現に今俺はここにいる。俺は裁きうけていないんだよ。」
そうにっこりと、自慢げに。
笑って言った。

僕は、絶望と衝撃で目がくらみそうになった。
あの後も、ずっと母はこいつに。
俺のために、ずっとこの獣と。
そしてゆいつの救いだった、憎むべき相手が、今まで務所ではなく自由に今まで笑って過ごしていた。

僕が、憎しみをこらえて言葉を投げかける。
「いい女は金で買えない。」
「あはははははははは。確かにそうだな。こいつも、お前の母もいい女だ。金で買えない。でも結局、こいつもお前の母もシャブ中。シャブを買う金がなく、鉄砲玉を阻止する金もなく、俺に負けるんだ。こいつも、もうすでにシャブに埋もれてもう俺から逃げられない」

僕の頭に言葉がよぎる。

母の死をこいつは知らない。
母がシャブ中。

「ずっと言ってたよ。息子には言わないで。もう二度と見られたくない。悪をあの子に伝えたくないと。」

それで、それで、俺に知られる前に。次第に大きくなっていく俺に隠すのも限界を感じて母は自ら死を選んだ。。。

僕は、込み上げる憎しみが、ずっと眠っていた重たい憎しみが爆発し、大きな大きな音を立てて
俺の体から打ち上がった!

「母はもう死んでいない。そんな脅しも通用しないんだよ。はげ」
そう言ってバットをコンクリートに引きずり、音をたててゆっくりとゆっくりと、
獣に近付く。憎しみはもう爆発して打ち上がり、俺の中にはもうない。
今あるのは快感。こいつを仕留められる喜び。獣に近づくたびに憎しみが込み上がるけど、
味わって食べている。

男は震える。

「頼む、頼む」

そう言いながら背中を付けた壁を擦りながら横へ横へと。
僕は、ゆっくりゆっくり近づく。

僕は、獣の前にたち。唾を飲み。食べるように味わうかのようにしっかりと、その怯える顔を眺めて言った。

「今回は金に裏切られたな」

バットを振りかぶって力一杯に振り落とした。そして何度も何度も。
死なないように。まだ死なないように。足、腕、腹、背中。
もがきながら血を流しながら嘆く獣。
何度も何度も叩きつける。
今までずっと抱えてきた憎しみ。今日爆発した憎しみ。殴るたびに晴れていく。
息を切らしながら。
男はまだ生きている。

僕は、ようやくすっきりと憎しみが晴れきったとき、にっこりと笑い、
「最後に喉を切り裂きハッピーエンド。」
そう言ってナイフを取り出そうとした。

「ないっ」

その瞬間に大きな掛け声と同時に、ここまで連れてきてくれた女が呼んだ機動隊に踏み込まれた。地面にたたき倒され手錠をかけられた。
「確保ーーーーー」
「くそーーーーー!」
僕は、地面に顔を、つきつけられたまま叫んだ。

殺せなかった。殺せなかった。
憎しみを楽しんだせいで。殺せなかった。殺せなかった。

僕は、起こされた。ふと女を見ると、意識を取り戻していた。
動けないがこっちをしっかりと見てくる。
悲しい目で。たらりと涙が頬をだどる。
「ありがとう」

聞こえないがそう言った。

ありがとうって・・・
今こいつこ殺さずにたまらなくたまらなく悔しいってのに。
ありがとうって。
ただ俺は復讐だけのためにこいつを。
ありがとうって言われてもな。
そう思い、
僕は、体の力が抜け機動隊に連れられて行った。
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